「日本絵画 組み合わせの美」の見どころ紹介(1)


館蔵品の中から、「一双」「一対」「揃い」など複数の点数がセットになり「組み合わせ」て鑑賞する作品ばかりを集めたユニークな企画展「日本絵画  組み合わせの美」。ただ今好評開催中の本展示の見どころを、これから数回に分けて皆さまにご紹介いたします。

本展示は3つのコーナーで構成されています。今回取り上げる第1のコーナー「連続する画面─パノラマの美」は、六曲一双という屏風の形式をフル活用し、横長のパノラミックな画面に迫力たっぷりに風景などを描いた作品を集めた展示です。いずれも大画面ならではの迫力を生かした、屏風の魅力が満喫できる作品ばかりです。

上の作品、幕末の京都で活躍した塩川文麟(しおかわ・ぶんりん)の「近江八景図」はその好例。現在の大津市膳所付近の小高い場所から琵琶湖南部を一望したという設定で、幅7メートルを超える一双屏風をひとつの画面に見立てて、近江八景の8箇所の名所をパノラマ状に描き上げています。自然な眺めに見えるよう、遠方のものほど小さく見える「遠近法」もちゃんと取り入れられていますから、左隻左側にあるサクラの三井寺近江八景・三井晩鐘)や右隻中央にあるモミジの石山寺近江八景・石山秋月)などの近景は大きく描かれ、反面、遠方にある堅田の浮御堂(うきみどう)(近江八景堅田落雁(らくがん))や唐崎の松(近江八景・唐崎夜雨)などは豆粒のようで、目をよく凝らさないとどこにあるのかわかりません。まるでシネマスコープサイズの映画を見ているようなダイナミックな迫力で、見る者に迫ってくる作品です。

京都画壇の巨匠・山元春挙(やまもと・しゅんきょ)の弟子である庄田鶴友(しょうだ・かくゆう)が描いた「耶馬渓(やばけい)の朝」(写真上)も、パノラマの効果を生かしたダイナミックな作品です。鶴友自身が実際に九州の耶馬渓を旅した経験に基づいて描かれたもので、日本三大秘境のひとつと呼ばれる耶馬渓、しかも明治後半の、電気もまだ通わぬ文明から隔絶された大自然のただ中の光景を、師の春挙ゆずりのダイナミックなスタイルで迫力満点に活写しています。画面奥から見る者の方に向かって流れてくる山国川雄大な流れを、あえて朝もやの中に溶け込むようにぼかして描き、遠方をわずかにしか見せないことによって、かえって風景のスケール感を高めているのが見事です。

鶴友の師の山元春挙が描いた六曲一双屏風も展示されています。上の作品「雪松図」は、円山派の祖・円山応挙(まるやま・おうきょ)の有名な「雪松図(国宝)」を明らかに意識して描かれた作品で、応挙の作品と同じく金屏風の上にほとんど白と黒だけで描いたような画面が特徴の、シンプルかつ強烈な印象を与える画面です。応挙の描く松の整った枝ぶりとは対照的に、春挙の作品では雪の重さにひしゃげた枝、あちこちバラバラな方向を向いた葉の表現などが特徴的で、応挙の作品には見られなかった「大自然の過酷さと、それに耐える松の生命力」というテーマが見事に造形化されています。

戦後に俳人山頭火のシリーズで有名になった池田遥邨(いけだ・ようそん)が、大正時代に描いた「湖畔残春」(写真上)も、ダイナミックなパノラマの効果を生かした作品です。菜の花が咲き誇る春のうららかな日。右隻奥に鎮座する雄大伊吹山をバックに、彦根城天守付近から眺めた琵琶湖(左隻左側奥)と、現在は埋め立てられて住宅地になってしまった松原内湖(中央に広がる大きな湖)の姿を、洋画の影響を受けた写実的なタッチを生かして迫力満点に描いています。近景の木々と遠景の対比、さまざまな色を変える新緑の表現など、見どころがいっぱいのユニークな作品です。

同じパノラミックな屏風作品でも、上の写真、岸竹堂(きし・ちくどう)の「保津峡(ほづきょう)図」はちょっと変わった構成になっています。通常パノラミックな屏風は、六曲一双の右隻屏風と左隻屏風がひとつに繋がり、ひとつの風景を構成するように描かれます。ところが竹堂のこの作品、右隻では川は右から左に向かって流れ、左隻では左から右に向かって流れていて、ひとつに繋がるようにはなっていません。同じ京都の保津川を描いたものですから、2つの川が中央で合流するというわけでもなさそうです。実はこの作品、どうやら二枚の屏風を平行に立て、鑑賞者がその間に入って両側から絵にはさまれるように鑑賞したのではないかと考えられています。このようにすれば川の流れが同じ方向を向いているので、鑑賞者は川の流れのただ中にいるかのような気分に浸れるはずですね。

幸野楳嶺(こうの・ばいれい)の「群魚図」(上)は磯を泳ぐ魚たちをパノラミックに描いた作品ですが、よく見るとなんだかおかしな風景です。海の底付近を泳いでいるはずのカレイやタチウオ、アンコウなどがタイやサワラと一緒に描かれたり、河口に近いところに棲むボラと、沖を流れる海流に棲むカツオが一緒に描かれたりするなど、魚の生態を無視した描き方がされています。そもそも、海の魚がこんなふうに水の中に透けて見えるはずがありません。実はここに描かれた魚はいずれも、京都の人々の台所をにぎわしているものばかりであり、この作品は現実の情景に即したものではなく、京の魚食文化のカタログのような意味合いがあるユニークなものなのです。それをわざとパノラマ風に描いたあたりに、画家の洒落っ気のようなものが感じられる気がします。

最後に紹介するのは大林千萬樹(おおばやし・ちまき)の「街道」(写真上)です。松並木に沿った街道を行くたくさんの人々を描いた作品ですが、一見単調な描き方であるように見えて、実は下の写真のようにジグザグに折って立てる屏風の形式をうまく利用した、面白い仕掛けがあります。

小さく描かれた人物をよく見ようと屏風に近付いてみると、屏風のジグザグのために一度にすべての人物を目に収めることができません。右から左に屏風に沿って見る者が動きながら画面を追ってゆくと、ジグザグで見切れていた人物が、屏風の陰に不意に現れたり、逆に見えていた人物が消えたりします。それはまるで、松の並木の間に人々が見え隠れしているかのようであり、見る者が街道に沿ってこの人々と一緒に歩いているかのような錯覚におそわれます。臨場感溢れるこの観賞法は、ブログの図版ではなくやはり美術館の展示室でないと味わえません。ぜひ皆さんも、作品を前にどんな見え方がするか、試して下さいね。

今回ご紹介した作品以外にも、「連続する画面─パノラマの美」のコーナーには様々な作品が展示されています。次回は本展の第2のコーナー「競い合う構図と色─対比の美」の展示作品をご紹介する予定です。


企画展示『日本絵画 組み合わせの美』
会期:4月14日(土)─6月3日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし4月30日(月)は開館、翌5月1日(火)は休館)
観覧料:一般750円(550円)・高大生500円(400円)・小中生300円(250円)
※( )内は前売及び20名以上の団体料金