「日本絵画 組み合わせの美」の見どころ紹介(2)


館蔵品の中から、「一双」「一対」「揃い」など複数の点数がセットになり「組み合わせ」て鑑賞する作品ばかりを集めたユニークな企画展「日本絵画  組み合わせの美」の見どころを紹介するシリーズの、第2回です。今回は第2のコーナー「競い合う構図と色─対比の美」に展示されている作品群を取り上げます。このコーナーでは一双屏風や双幅の掛軸など、2点で1セットの“対”になった作品を取り上げ、左右を対比的に描いた作品の面白さを紹介しています。

ポスターの図柄にもなっている、大阪の美人画家・北野恒富(きたの・つねとみ)の作品「暖か」(写真右)と「鏡の前」(写真左)がその好例です。実は「暖か」は大正4年の新文展、「鏡の前」は同年の再興院展と、別々の展覧会に出品されたものなのですが、よく見ると画面が繋がっており、明らかに対の作品として描かれたものであることがわかります。2つの作品に描かれたこの2人の女性、様々な要素が“対”になるように描かれています。例えば、左は座っているのに右は立っている。左がくつろいだ弛緩したポーズで、右は身繕い中の緊張感に溢れたポーズ。左が赤い着物と黒い帯で、右が黒い着物に赤い帯、など。二人は顔もそっくりで、ひょっとしたら同一人物なのかも知れません。

上の写真、下村観山(しもむら・かんざん)の「鵜鴎(うおう)図」も明らかに対比の効果を狙った作品です。六曲一双屏風の右隻には黒い鵜が、左隻には白い鴎が描かれ、右隻では波は手前から奥に向かって岩に打ち寄せ、左隻では奥から手前に向かって打ち寄せています。鳥たちの向きも、ちょうど両者が向かい合うような方向に向いています。

上の写真、山元春挙(やまもと・しゅんきょ)の「富士二題」は、同じ富士山というモチーフを双幅の掛軸に描きながら対比的な効果を狙ったもので、富士山のさまざまな変化に富んだ姿を1セットに凝縮して描き出そうとした作品だと思われます。右幅は雨上がりの朝の富士山で、季節は山桜が咲く春。左幅はからりと日本晴れの夕方の富士山で、季節は紅葉の秋です。また右幅は人里離れた山の中腹から見た姿で描かれており、寒色を基調に不安定な斜面で描かれた近景の山が、少しだけ大自然の怖さを感じさせてくれます。一方左幅は暖色の安定した構図で描かれた山あいの農家から見た富士の姿で、人々の営みが見る者に安らぎを感じさせます。

上の写真は冨田溪仙(とみた・けいせん)の「風神雷神」。やはり一双屏風の右と左に、風神と雷神の姿を対比的に描いてあります。右隻には、青を基調にした動きのある姿で上向きの風神が、一方左隻には赤を基調とした動きを抑えた構図で下向きの雷神が、それぞれ描かれています。

風神と雷神は有名な俵屋宗達(たわらや・そうたつ)の作品以来、多くの画家たちが“対になるもの”として描いてきたモチーフでした。一方「龍虎合うつ」という熟語にもなっている通り、龍と虎も昔から対になった存在、優劣付け難いライバルの比喩として知られています。岸連山(きし・れんざん)の「龍虎図」(写真上)も、右隻の龍と左隻の虎を向かい合ってにらみ合うライバルとして描いた作品です。風なのか光なのか、どちらにも同じ方向の斜めの線が描き込まれており、両者が連続した画面であることが示されています。

上の写真、連山の弟子であった岸竹堂(きし・ちくどう)の「鉄拐蝦蟇(てっかいがま)仙人図」も、ある意味対になった存在を描いた作品と言えるでしょう。自分の魂を分身のように飛ばすことができる鉄拐仙人と、ガマ蛙とともに暮らす蝦蟇仙人は、いずれも仙人の中では人気者。元の時代の中国の画家・顔輝(がんき)が描いた「蝦蟇鉄拐図」(京都・知恩寺蔵)という有名な作品があるために、日本においてはセットでよく描かれる組み合わせです。なお本作品は顔輝の作品を竹堂が模写したもので、水墨で描かれた顔輝の作品とは異なり彩色が施されて明るい印象の作品となっています。

中国の物語に取材した作品を、もう一点ご紹介しましょう。中島来章(なかじま・らいしょう)の「武稜桃源(ぶりょうとうげん)図」(写真上)は、南北朝時代の中国の詩人・陶淵明(とう・えんめい)が書いた「桃花源記(とうかげんき)」という物語に基づいた作品です。これはユートピアを意味する桃源郷(とうげんきょう)という言葉の語源となった物語であり、武稜という村に住んでいた漁師がある時、川を流れてくる桃の花びらに誘われて、桃が咲き乱れ人々が平和に暮らす夢のような世界に迷い込むというストーリーです。来章の作品では右隻に桃の花びらが流れてきた川と、漁師の漕いできた小舟が描かれ、左幅には桃源郷のまん中で村人たちに囲まれて戸惑っている漁師の姿が描かれています。右隻に描かれた小舟には櫂(かい)が一本しかありませんが、おそらく船が盗まれるのを恐れて漁師が持ち出したのでしょう。櫂が一本では船を盗むことができませんから。その櫂を持った人間が左隻に描かれているため、これがその漁師であるとわかる仕掛けになっているのです。一双屏風の両側に別々の画面を描いておきながら、両者をアイテムで繋ぐことによって、物語の進行を示唆しているのです。右隻に原因(流れてきた桃の花びら)、左隻に結果(桃源郷に迷い込んだ漁師)を描いているわけですから、これも一種の対比を描いた作品だと言えるでしょう。

今回は“対比”を狙った作品をご紹介いたしました。次回は第3のコーナー「『揃い』の愉悦─セットの美」の展示作品をご紹介いたします。


企画展示『日本絵画 組み合わせの美』
会期:4月14日(土)─6月3日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし4月30日(月)は開館、翌5月1日(火)は休館)
観覧料:一般750円(550円)・高大生500円(400円)・小中生300円(250円)
※( )内は前売及び20名以上の団体料金