常設展示「琵琶湖逍遥」の見どころ紹介 その1

11月2日(火)から日本画・郷土美術部門の展示が、新しく「琵琶湖逍遥」に変わりました(12月19日(日)まで)。本展示はタイトルが示すように、琵琶湖を中心とした近江の国=滋賀県の風景を描いた作品ばかり15点を展示するものです。15点とは一見少ないように感じられますが、8点で一組の近江八景が多数含まれているため、ボリュームは満点の展示となっています。このブログでも、本展示の見どころについて順次紹介してゆくことにします。

滋賀県の風景を描いた作品と言えば、真っ先に名前が挙げられるのが「近江八景」です。近江八景は室町末期から江戸初期にかけて京都の文化人たちが、水墨画とともに伝わった中国絵画の画題「瀟湘(しょうしょう)八景」を、京都からの格好のリゾート地であった琵琶湖南部に当てはめて作ったものです。例えば近江八景の「比良暮雪(ひらのぼせつ)」は瀟湘八景の「江天暮雪(こうてんぼせつ。夕暮れの河に舞い散る雪)」を、「堅田落雁(かたたのらくがん)」は「平沙落雁(へいさらくがん。干潟に舞い降りるガンの群れ)」を、それぞれもじって名付けられたものです。近江八景は江戸中期に、歌川広重らの浮世絵版画によって全国的に広められ、今や全国各地に「○○八景」が乱立するまでに有名になりました。
なお当館は「近代」美術館なので、今回の展示作品は幕末から明治・大正・昭和の作品に限られます。もっとも近代の作品なればこそ、それぞれの画家たちが近江八景の約束事を守りつつ、それぞれ趣向を凝らしてオリジナリティ溢れる表現を作り上げた様子を十分にご覧いただけることでしょう。

上の写真は明治初頭に活躍した京都の画家、森川曽文(もりかわ・そぶん)が、六曲一双の金屏風いっぱいに描いた「近江八景」です。ご覧のように8つの名所がひとつに繋がって、琵琶湖南部のパノラマ風景画となっています。遠くのものほど小さく、色も薄く見えるという西洋画の遠近法を取り入れ、現実の風景に近づけようとしています。金屏風に墨だけで描いたシンプルな作品ながら、スケール感と叙情味に溢れた秀作です。

上の作品は同じく明治初頭の京都の画家、川端玉章(かわばた・ぎょうくしょう)の「近江八景図」。4つの掛軸を横に並べると。森川曽文の作品と同様に琵琶湖南部のパノラマが浮かび上がる仕掛けになっています。できるだけ現実の風景に忠実に描こうとした曽文の作品と比べると、この玉章の作品は石山寺(右から2番目の掛軸の下方)の山の形のデフォルメ具合や、まるで琵琶湖に向かって突き出した半島の先にあるかのような唐崎の松(左から2番目の掛軸の中央左)の描き方など、作者の独自性が前面に押し出されているのが特徴です。

上の作品は野村文挙(のむら・ぶんきょ)による8点組の「近江八景図」の中の4点です。森川曽文と同じ「四条派」に属する画家で、詩情溢れるタッチで八景のそれぞれを8面の掛軸に描いた作品です。明治30年代の作品ですが、写真右上の「粟津晴嵐(あわづのせいらん)」の松並木の間を歩む旅人の姿が、明治ではなくどう見ても江戸時代の衣装であることを見てもわかる通り、この作品は現代(当時)の近江八景の姿ではなく、日本人の心の中にある、古き良き懐かしき風景を描き出そうとしたものだと言えましょう。

左の作品は美人画の大家として知られる伊東深水(いとう・しんすい)が、浮世絵版画、特に歌川広重近江八景図を意識して作ったと思われる、木版画による「近江八景」8点組の中の4点です。この作品の特徴は第一に、葛飾北斎の作品を思わせる大胆な構図にあります。写真左上の、巨大な唐崎(からさき)の松を根元から見た構図や、写真右上の、粟津(あわづ)の松並木を湖面から水面すれすれに描いた構図など、どれも思わずハッとなるような斬新な構図と言えましょう。そして第二の特徴として、近江八景のそれぞれの場面は「こう描かなければならない」という古来からの約束事を、あえて一部破って描いている点が挙げられます。例えば写真左下は本来ならば「瀬田夕照(せたのせきしょう)」で夕暮れの風景のはずなのに、雨の風景として描かれています。このようなオリジナリティ溢れる表現こそ、近代の風景画の魅力のひとつと言えるでしょう。

常設展示「琵琶湖逍遥」 11月2日(火)−12月19日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「赤と黒」(8月31日(火)−12月19日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。