常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころについて

現在休館中の当館は2月5日(土)から再オープンいたします。これに合わせて2月5日(土)からさっそく、新しい常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」と「新収蔵品を中心に」が始まります。前回に引き続き、今回は現代美術部門の展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」の内容について、かいつまんでお知らせいたします

当館は「日本美術院を中心にした近代の日本画」「郷土滋賀県ゆかりの美術」「戦後アメリカと日本を中心にした現代美術」の3つの方針に基づいて、作品の収集を行っています。今回の展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」では、アメリカ現代美術の本流とも言える1950年代の抽象表現主義から1970年代初頭のミニマル・アートへと続く流れを、とっておきの名品によってご紹介いたします。

アメリカの美術は第二次大戦前まではヨーロッパの亜流と見なされ、それほど注目されてきませんでした。しかし大戦直後、1940年代末のニューヨークに現れた「抽象表現主義」は、それまでのヨーロッパにはなかった要素を持った新しい美術であり、ヨーロッパの芸術家たちの多くがアメリカに逃れてきたこともあって、戦後の美術の中心地はパリからニューヨークへと移ることになりました。
抽象表現主義の新しさは、壁画サイズに描かれた抽象的な画面が、アメリカの大自然の迫力と、当時のアメリカの都会人が抱えていた孤独感、空虚感を見事に表現していたところにあります。上の作品は抽象表現主義の代表作家、クリフォード・スティルの「PH-386」で、縦3メートル、横4メートル近い巨大な作品です。ただ巨大なだけではありません。画面に描かれた、グランド・キャニオンやモニュメント・バレーの太陽に照らされた岩肌を思わせる抽象的な模様は、作品の周囲の枠で途切れることなく、どこまでも無限に続いてゆくように見えます。画面の枠を越えてどこまでも続くように感じさせるこうした描き方は「オールオーバー」と呼ばれ、ジャクソン・ポロックなど他の画家たちにも共通する、抽象表現主義の大きな特徴となっています。このオールオーバーのおかげで彼らの作品は、それまでのヨーロッパ絵画とは異なるスケール感を獲得できたのです。

上の作品は同じく抽象表現主義を代表する画家、マーク・ロスコの「ナンバー28」です。ロスコの作品はいずれも雲のような不定形な色面がたゆたっているだけですが、じっと眺めているとその深みのある色彩によって画面の中に吸い込まれるように感じ、自然と瞑想の世界に誘われます。このような深い瞑想性・宗教性を帯びているために、ロスコの作品はアメリカのみならず日本でもたいへん人気があります。アポロ宇宙船の打ち上げで有名になったテキサス州のヒューストンという町には、ロスコの作品で全壁面が覆われたロスコ・チャペルという無宗派の礼拝堂があり、誰でもその中でロスコの作品を前に瞑想に浸ることができます。

1950年代末、抽象表現主義の第二世代はニューヨークではなく、ワシントンD.C.に現れました。この世代を代表するケネス・ノーランドとモーリス・ルイスの2人は、第一世代のような深刻さや宗教性には背を向け、代わりに絵具を直接キャンバスに染み込ませることによって、絵筆から開放された絵具が作り出す純粋な色彩の楽園を私たちに見せてくれました。上の作品「カドミウム・レイディアンス」はノーランドの作ですが、カドミウムという金属を含んだ絵具が生み出す色彩の輝き(レイディアンス)が強烈に鑑賞者の目を射抜きます。

ノーランドたちは、色彩と色彩をはっきりした境界線で区切る「ハード・エッジ」と呼ばれる描き方を確立しました。それを受け継いだ新しい流派が、1960年代後半に現れたミニマル・アートです。ミニマル(最小限)の名の通り、この流派の芸術家たちは作品の中の様々な要素を可能な限りに切り詰め、シンプルな構成で最大限の効果を上げようとしました。上の作品はミニマル・アートを代表する画家フランク・ステラの「イスファハーン」です。一見複雑に見えますが、実は分度器のような半円形が5つ合わさっただけの構造です。またこの作品はそれまでの絵画のような長方形ではなく、不定形の変形キャンバス(シェイプド・キャンバス)に描かれています。このため作品は壁面上に開かれた別の空間へと続く窓ではなく、周囲の壁面を自分の一部として取り込んで、鑑賞者を取り巻く環境の一部となりました。ステラの作品を見る者は作品だけではなく、作品が掛けられた壁や、その前にいる自分自身を、絶えず意識しなければならなくなったのです。

ミニマル・アートは絵画よりも、立体造形の部門で大きな成果を残しました。ソル・ルウィットによる上の作品「ストラクチャー(正方形として1、2、3、4、5)」もそのひとつであり、白木にペイントした白い立方体が、幾何学的な規則によって並べられたとても繊細で美しい作品です。数学の幾何学図形は独特の美しさを持っていますが、厳密な直線、正確な正三角形や正十二面体などははあくまでも仮想世界のもの、人間の頭の中にのみ存在するもので、現実の世界にはそんな厳密な存在はありません。しかしルウィットは、可能な限り厳密な幾何学図形に近いものを現実世界の中に作り出し、私たちの面前に見せてくれました。この厳密さと正確さにこだわるあまり、ミニマル・アートの芸術家たちは作品の中に自らの「手わざ」が混入するのを恐れて、作品を自らの手で作ることをしません。作者は設計図のみを作り、作品制作は工場の職人の手に委ねるこのような手法は「発注芸術」と呼ばれます。一見、作者が責任を放棄したかのように思えますが、作者の立ち位置が製作者からプロデューサーに変化したと考えれば、それほど奇妙なことではありません。

今回の展示ではこのように、1950年代の抽象表現主義から70年代初頭のミニマル・アートに続く傑作群を館蔵品の中から厳選して展示し、アメリカ美術が世界を席巻した時代を体験していただきます。展示作品数は全部で15点です。


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。