美術館で「志村ふくみ」を見よう

美術館ではただ今、企画展として「珠玉のヨーロッパ絵画展」を開催中です(6月12日(日)まで)。美術館を訪れるお客様の多くは企画展の観賞が目当てなのですが、同時に開催している常設展(館蔵品の展示)も、見どころいっぱいの充実した内容になっています。特に現在開催中の、日本画・郷土美術部門の展示『滋賀の工芸』は、湖国ゆかりの3人の人間国宝を中心に滋賀県の工芸作家たちを一堂に紹介する、1年に1回の展示です。中でも近江八幡市出身の「紬(つむぎ)織り」の人間国宝、志村ふくみの作品は、女性を中心に根強い人気があります。
今回の「滋賀の工芸」では、志村ふくみの作品を全部で9点展示しています。このうち紬織着物「明石」はこちらで、紬織着物「常寂光寺の桜」「玄」「花散里」「須磨」および端切れ作品の集成「裂の筥」はこちらで既にご紹介いたしました。ここでは、残る3点の作品をご紹介いたします。

上の写真は1992年の作品「回帰」。右と左で見事に赤と青に色が分かれた、ユニークな作品です。右側の青は藍の葉で、左側の赤は蘇芳(すおう)の木の枝の軸で染めたものでしょうか。二つの色面はそのまま、昼と夜、毎日繰り返される宇宙的なドラマを象徴しているかのようです。よく見ると着物の中に、黄色い糸で円の模様がいくつも表現されていることに気付きます。これらは昼と夜につきものの太陽と月を象徴しているのでしょうか。円形の模様を織り出すのは非常にテクニックを要するそうですが、そうした高度な技術をさりげなく用いてモダンで単純明快な文様を作り出しているところに、この着物の持ち味があります。

上の写真は「切継熨斗目拾遺(きりつぎのしめしゅうい)」。見ておわかりの通り、幾つもの着物の端切れをパッチワークで組み合わせて作った着物です。これらの端切れはいずれも、志村ふくみが過去に織った代表的な着物に用いられた反物の端切れであり、いわば過去の作品の見本市になっています。これほど多様で個性的な端切れを組み合わせていながら、決して寄せ集めにならず、見事に作品としての統一感を保っている点はさすがです。

上の作品は志村ふくみのライフワークとなっている「源氏物語シリーズ」の一点、「葵」です。源氏物語シリーズの作品はいずれも、源氏物語54帖のそれぞれのタイトルを元に作品名が付けられており、それぞれの帖のストーリーを象徴的に表現したものとなっています。この作品は第9帖「葵」に着想を得たもので、光源氏と最初の正妻である葵の上との間にようやく夫婦の情愛が通いあったのもつかの間、葵上は六条御息所の生霊によって苦しめられ、男児夕霧を出産後に亡くなります。そんなドラマティックな帖を志村ふくみは、淡い黄緑を基調にした涼やかで繊細な着物として織り上げました。物語の背景になっている、初夏から夏にかけて移り行く自然をモチーフにしたものでしょうか。所々にアクセントのように配された黄色や紫色の縞が全体を引き締めています。

このように、志村ふくみの作品はいずれも見どころが一杯。細部までじっくり観察すれば、あなたもきっと染織のとりこになるはずです。志村ふくみをフィーチャーした展示「滋賀の工芸」は6月26日(日)まで開催。初夏の行楽シーズンにぜひご来場下さい。


■常設展示「滋賀の工芸」 4月5日(火)−6月26日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料 ( )内は20名以上の団体料金。
※併設「マチスピカソ」「小倉遊亀コーナー」も一緒にご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。