館蔵品のご紹介(3) −雪山を描いた作品−

美術館の冬期休館中(2月4日(金)まで)、館蔵品の中からテーマ別に興味深い作品を紹介するシリーズの第3弾。今回は「雪山を描いた名作」です。

最初にご紹介するのは、前回も取り上げた初期日本美術院の巨匠・菱田春草(ひしだ・しゅんそう)の「雪の山」(上)です。前回ご紹介した同じ作者による「雪後の月」が、輪郭線を排して茫洋とした空間を作り上げる「朦朧体(もうろうたい)」という手法によって描かれた幽玄な雰囲気の作品であったのに対し、朦朧体を脱し始めた時期に描かれた「雪の山」は、輪郭線は相変わらず使用していないものの、遠近感がはっきりと表現された明快な印象の作品となっています。積もった雪の色の濃度を少しずつグラデーションにして、近くの丘と遠くの山肌の遠近感の違いを出すなどの工夫を行っており、朦朧体を脱した新しい境地への進化が見られる興味深い作品です。

上の作品は大津市出身の京都画壇の巨匠、山元春挙(やまもと・しゅんきょ)の「深山雪霽鹿(しんざんせっさいろく)」。前回取り上げた同じ作者の「山村密雪図(さんそんみっせつず)」が、激しく吹雪く雪景色をダイナミックに描いた作品であるなら、こちらは静寂に包まれた寂寥感溢れる作品です。白と黒だけで表現された厳しい大自然。一面の銀世界の中にただ一頭取り残された鹿の姿が目をひきます。作者の山元春挙は人間を圧倒する大自然の迫力を表現しようとする際に、風景の中によくちっぽけな生き物の姿を対比的に配することがありますが、この鹿の存在もそういった小道具であると考えられます。

次は滋賀県ゆかりの風景。上は山元春挙の師でもあった幕末の京都画壇を代表する画家、野村文挙(のむら・ぶんきょ)の8幅からなる近江八景」のうちの「比良暮雪(ひらのぼせつ)」です。近江八景は中国の有名な景勝地・瀟湘(しょうしょう)八景にあやかって、室町末期から江戸初期の京都の文化人たちが琵琶湖南部の8つの景勝地を選んだものですが、そのひとつ「比良暮雪」は雪をかぶった比良山(ひらさん)に夕日が照り映えているさまを表わした画題で、歌川広重をはじめとする多くの画家たちによって様々に描かれてきました。野村文挙は実際の風景にとらわれず、深い雪に覆われた山村の侘しい風情と、荘厳な雪山の姿を組み合わせて、迫力のある姿で描いています。谷間を渡る雲の表現が見どころです。

同じ比良山を描いていながら、山の画家として知られる洋画家、田村一男(たむら・)が描いた「比良多雪(ひらたせつ)」(上)は、文挙とはまったく異なる味わいの作品に仕上がっています。琵琶湖をはさんだ比良山の対岸からロングのレンズで捉えたかのように、広々とした画角で純白の比良山の姿を描いています。画面の3分の2近くをどんよりとした冬の空が占め、比良山の上に重くのしかかっています。細部を省略し、空・山・琵琶湖が層状に長く連なって延びる様子をシンプルな構成で表現しており、比良山の雄大さと、冬の自然の厳しさが見事に表現されています。

比良山と並んで滋賀県を代表する名山が、岐阜県との県境に位置する湖北の名峰・伊吹山(いぶきやま)です。この伊吹山を望む長浜市に生まれた京都の日本画家・沢宏靱(さわ・こうじん)の「古里(ふるさと)の山」(上)は、文字通り故郷の象徴である伊吹山の姿を半ば宗教的な荘厳さで象徴的に描いた作品です。満月の光に浮かび上がる神秘的な純白の山、左右対称の厳かな構図、細部を省略したシンプルな構成で、故郷の山に対する想いを内省的に表わした忘れがたい作品となっています。

一方、京都の洋画家、安田謙(やすだ・けん)の「伊吹山遠望(いぶきやまえんぼう)」(上)は、写実的なタッチのせいか、同じ伊吹山を描いていても「古里の山」とはずいぶんと印象の異なる作品です。山の形をよく見れば、両者が同じ山をモデルに描いたものであることがわかりますが、「伊吹山遠望」は山の頂上から画家が立っている場所に至る風景の広がりが見事に描き出され、山のずっしりとした量感が感じられます。凍った池に逆さに映る風景の巧みな描写も、この絵の見どころとなっています。

これらの館蔵品は今後常設展示室1(日本画・郷土美術部門)において順次公開される予定です。ご期待下さい。