次回企画展『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』の内容ご紹介(1)


現在休館中の当館は2月5日(土)から開館し、2月19日(土)からは新しい企画展『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』がオープンいたします。少し気が早いですが、今回はこの企画展『襖と屏風』の見どころについてご紹介いたします。

襖(ふすま)と屏風(びょうぶ)は、ともに日本の伝統的な建具です。古くは平安時代寝殿造(しんでんづくり)と呼ばれる様式の屋敷に住んでいた貴族たちは、部屋の仕切りがない広い空間の中で、襖や屏風、衝立障子(ついたてしょうじ。襖障子に台を付けて運びやすくしたもの)などを立て廻らせ、間仕切りの具としていました。これら建具の上に、いつしか和歌や漢詩にもとづく絵画が描かれるようになったのが、襖絵や屏風絵といったいわゆる障屏画(しょうへいが)です。以降、障屏画は日本独自の絵画スタイルとして、建築と密接な関係をもちながら発展を遂げてきました。江戸時代後期になると、襖や屏風に描かれた絵画は上流階級の人々だけでなく、庶民の暮らしにもなじみ深いものとなっていました。西洋の絵画とは異なる、これは日本の絵画の大きな特徴です。

襖絵や屏風絵の特徴のひとつに、画面を横に繋いで大画面を作り出せることが挙げられます。日本画は古来より、和紙や絵絹と呼ばれる布に描かれますが、これらは製法上の都合で、漉き簀(すきす)や織機の幅よりも大きな画面を作ることができません。しかし屏風や襖は和紙や絵絹の幅いっぱいの画面をさらに横に繋ぐことで、巨大な画面を簡単に作り出すことが可能です。上の写真は江戸中期に描かれた、曽我蕭白の師として知られる近江日野(現在の滋賀県日野町)出身の高田敬輔(たかだ・けいほ)の作品「山水図」です。6つの面(扇(せん)と呼びます)を横に連ねてその上に大きな絵を描いた「六曲一隻(ろっきょくいっせき)」の形を取っています。なおこの六曲一隻の画面がもうひとつの同じ大きさの屏風と対になったものは、六曲一双(ろっきょくいっそう)と呼ばれます。屏風のそれぞれの扇は蝶番(ちょうつがい)で繋がれていて、折り畳んで収納したり、ジグザグ状に広げることで畳の上に自立させたりすることが可能です。画面をジグザグ状に折ることで、描かれた絵に立体感が生まれます。さらに左右から視点を変えて見ることで絵に変化が生まれるという効果もあります。

上は与謝蕪村(よさ・ぶそん)に師事して横井金谷と共に「近江蕪村」と称された文人画家、紀楳亭(き・ばいてい)の「春社図(しゅんしゃず)」です。旧東海道に沿った大津の両替商の旧家に伝えられたもので、ご覧のように引き手がついた襖(ふすま)の上に描かれた作品であり、かつては実際に襖として使われていたものです。紀楳亭は山城国(現在の京都府)出身ですが、主に近江で活躍しました。彼ら近江を訪れる文人墨客たちのパトロンとなったのは、琵琶湖の水運を一手に引き受けていた有力商人たちであり、この作品もパトロンの屋敷を飾るために描かれたものだと推測されます。

近代以降になると、徐々に洋間が日本間に取って代わりました。ことにマンション住まいの人が多くなった現代では、襖はドアやクローゼットに姿を変え、屏風が和室の中に飾られる機会もほとんどなくなって、これら建具は日常生活から乖離してしまった感があります。しかし近代以降、大画面絵画である屏風絵は活躍の舞台を展覧会場へと移し、それまでの座敷の美に代わって、展覧会芸術の華となって今もその醍醐味を見せてくれます。上は昭和の日本画家、池田遙邨(いけだ・ようそん)の「江州日吉神社(ごうしゅうひよしじんじゃ)」。二曲一隻の屏風絵ですが、最初から展覧会(昭和12年東京府美術館で開かれた第1回美術展)の出品作として描かれたもので、住まいを飾るためのものではありません。

このように今回の展覧会では、当館の館蔵品から、江戸時代から近代に及ぶ襖絵や屏風絵の様相を概観し、暮らしとともに受け継がれてきた文化財である、日本の絵画作品を見つめ直します。本展が屏風絵や襖絵の意義を見直す機会となれば幸いです。


『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』
◆会 期:2011年 2月19日(土)−4月10日(日)
◆休館日:毎週月曜日 ただし3月21日の祝日は開館。 翌3月22日(火)は休館
◆観覧料:一般 750円(550円) 高大生 500円(400円) 小中生 300円(250円))
      ( )内は前売および20名以上の団体料金
◆出品予定作品:江戸時代から昭和期までの、襖、屏風装による日本画作品約25件

★毎日、午後1時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。