常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころ紹介(2)

2月5日(土)から始まった現代美術部門の常設展示『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころを紹介するシリーズの第2弾です。今回も前回に引き続き、戦後アメリカ美術を語る上で欠かすことができない用語とともに、主要な出品作品をご紹介してゆきたいと思います。今回も1950—60年代の抽象表現主義を取り上げます。

【用語辞典その2:崇高(すうこう)性】

巨大で勇壮なものを目の前にした時、人間は思わず畏れひれ伏し、祈りたくなるような感情に襲われます。この一種宗教的な感情や感覚を、美学では「崇高」と呼んでいます。人間を寄せ付けない巨大なアメリカの大自然を反映したと言われる抽象表現主義の作品にも、このような偉大なものに対する畏敬の感情が溢れてます。作品によっては、それは一種、宗教的な感情になることもあります。

上の写真はマーク・ロスコの「ナンバー28」という作品ですが、この作品をじっと見つめていると、黒い背景の中をたゆたう雲のような色面にすっと引き込まれ、現実を忘れて思わず瞑想したくなるような気分になってきます。以前にもご紹介しましたように、アポロ宇宙船の打ち上げで有名になったテキサス州のヒューストンという町には、ロスコの作品で全壁面が覆われたロスコ・チャペルという無宗派の礼拝堂があり、誰でもその中でロスコの作品を前に瞑想に浸ることがでるのです。

ところでキリスト教や仏教など多くの宗教美術は、ご本尊を中央にして両側に脇侍が位置していたり、十字架上のキリストを中央に両側に守護聖人が配されているなどの、三幅対(さんぷくつい)という左右対称のスタイルを取ることが多いのが特徴です。現実の世界では、はっきりと左右対称をした風景に出会うことはほとんどありません。それゆえ左右対称の画面は、特別なもの、崇高なものを表わす際によく使われる構図となっています。

宗教的な感覚を持つ抽象表現主義の作品にも、左右対称の画面は多く見られます。ロスコの作品は一目瞭然ですが、上のラインハートの作品「トリプティック」はどうでしょうか?一見真っ黒なだけの画面に見えますが、よく目を凝らしてみると画面が上下3つの正方形からできており、それぞれの正方形の内部に十字型が隠されていることがわかります。そしてこれも明確に左右対称の画面となっています。実はこの作品のタイトル「トリプティック」とは、そのものズバリ、キリスト教絵画における「三幅対(さんぷくつい)」のことなのです。別にこの作品にキリスト教の思想が託されているわけではありません。宗教画のような崇高性を作品に与えたいという作者自身の願いが、タイトルに込められているのです。

さらに上の作品を見て下さい。これはバーネット・ニューマンの版画作品「無題」で、作品は極端な縦長のかたちをしています。実はニューマンの作品の多くは、長方形の画面の上から下に向けて「ジップ」と呼ばれる縦の線が走っているところに特徴があります。そして右の作品はなんと、作品の中のジップだけを取り出して作品化したものなのです。この作品が壁に掛けられると、左右の白い壁面を取り込んで左右対称の画面が生まれます。ジップを中心にして、まるで目の前の壁面全体がニューマンの巨大な作品であるかのように見えてきます。残念ながら当館にはニューマンの巨大な油彩作品は収蔵されていないのですが、この作品は周囲の壁を取り込むことによって、最小限の要素で最大限の効果を上げているという面白い作品なのです。そしてこの作品においても、左右対称による崇高性というのが鑑賞のポイントになっています。

次回も、アメリカ現代美術を特徴付ける用語についてご紹介いたします。


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。