次回企画展『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』の内容ご紹介(4)


いよいよ明日2月19日(土)から、新しい企画展『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』がオープンいたします。
本展の内容をご紹介するシリーズも今回が最終回。今回は前回に引き続き、出品作品の中から昭和時代に描かれた作品を何点かご紹介します。

個性の発露を追求した大正時代の後を受けて、昭和になるとさらにユニークな表現の日本画が、襖絵・屏風絵の世界にも現れました。上の写真は京都で活躍した日本画家、池田遙邨(いけだ・ようそん)の「近江八景図」です。近江八景は名所絵の代表として古くから多くの画家たちに描かれてきたモチーフですが、遙邨は襖4面を使ってパノラマ的に描きました。左下の巨大な松の木は唐崎(からさき)の松。この松の木を中心にして琵琶湖南湖のパノラマを、自由奔放なタッチでカラフルに生き生きと描いてあります。現実の地理にはとらわれず、絵としての面白さを重視した描き方で、数ある近江八景図の中でも異彩を放っている作品です。

上の写真もやはり「近江八景図」。滋賀県近江八幡市出身の画家、茨木杉風(いばらき・さんぷう)の作品ですが、遙邨の作品以上にユニークな描き方が目を引きます。湖面は墨の点描で描かれ、八景それぞれの位置もかなり型破り。遠くの松並木も近くの松並木も変わらない大きさで描かれているなど、伝統的な近江八景図では考えられないような風変わりな光景ですが、画面全体に漂う洒脱で洗練されたムードが心地よい、楽しい作品に仕上がっています。

上は滋賀県大津市出身で戦後の日本画界をリードした巨匠、小倉遊亀(おぐら・ゆき)が、故郷滋賀に伝わる伝説を元に描いた「磨針峠(すりはりとうげ)」です。修業に挫折して実家に逃げ帰ろうとする若い修行僧と、斧を研いで針を作ろうとしている観音の化身の老婆、二人の視線がぶつかる緊張感に満ちた一瞬を、高い精神性の中に描いたドラマチックな作品です。二曲一双という屏風の形式が、二人それぞれの世界の違い、そして中央でぶつかり合う視線のダイナミズムを、うまく強調するのに役立っています。この物語では、老婆の行為を見て自分の中の懈怠心に気付いた若い僧は再び修業の道に戻るのですが、この僧の姿には戦後の混乱期に日本画一筋に邁進する決意を固めた、作者自身の姿が投影されているとも言われています。

同じく屏風の形式をうまく活用した作品が、上の写真、小松均(こまつ・ひとし)の「裾野の牛」です。富士山の裾野の牧場に群れをなす牛たちが、遥か遠方までひしめきあうように描かれた作品です。その数はなんと二百数十頭。細部まで丹念に描き込まれた画面が、気が遠くなるような迫力を感じさせます。富士山の姿をあえて描かず、極端な横長の画面にしたことによって、作品全体を一度に視野に収めることが難しくなっており、作品のパノラマ感が強調されています。実はこの作品は、中央で二つに折れ曲がる二曲一隻のかたちを取っており、作品の前に立つ人は左右から作品によって包み込まれるように感じられるのです。

戦後の日本画は画材の進歩によって、それまでの日本画では不可能であった絵具の厚塗りを可能にしました。それは一方では日本画と洋画の境界線が曖昧になってしまったという弊害も招きましたが、一方では上の作品、吉田善彦(よしだ・よしひこ)の「霧氷」のように、厚塗りを生かした新しいタイプの日本画を生み出すきっかけともなりました。霧氷に覆われた木々の幻想的な佇まいが、丹念に塗り重ねた絵具によって見事に演出されています。白い絵具の下から透けて見える金地の輝きなどは、洋画には出せない日本画ならではの要素だと言えるでしょう。

一方で昭和時代の日本画家たちは、日本古来の画法を生かしながらそれを現代的にアレンジして蘇らせようと努力を続けました。上の作品は守屋多々志(もりや・ただし)の「衣香(いこう)」です。衣替えの季節にあれこれ着替えを楽しむ女性たちの姿が描かれているように見えますが、実はここに描かれた3人の女性は同一人物です。3つの異なる時間をひとつの画面に描き込む、日本画に昔からあった「異時同図(いじどうず)法」という手法で描かれているのです。また画面の金地は琳派の装飾的な金屏風を思わせ、衣桁(いこう)に掛けられた着物は近世の風俗画によくみられる「誰ヶ袖(たがそで)屏風」(華やかな着物を衣桁に数点掛けただけの光景を描いた、人物のいない風俗画)の伝統を感じさせます。けれども一方で、中央の女性の黒い薄手の着物から透けて見える裸身の表現などは、現代の日本画ならではの要素です。日本画の伝統を現代にたぐり寄せた上で、それを現代的にアレンジして生まれた意欲作です。なおタイトルの「衣香」は、左端の女性が衣桁に結わえつけている匂い袋から来ています。

いかがでしたでしょうか。これら屏風絵・襖絵の名品26点が一同に会する「襖と屏風」展は、明日2月19日オープンです。お誘い合わせの上、ぜひご覧下さい。


『襖と屏風−暮らしを彩る大画面の美−』
◆会 期:2011年 2月19日(土)−4月10日(日)
◆休館日:毎週月曜日 ただし3月21日の祝日は開館。 翌3月22日(火)は休館
◆観覧料:一般 750円(550円) 高大生 500円(400円) 小中生 300円(250円))
      ( )内は前売および20名以上の団体料金
◆出品予定作品:江戸時代から昭和期までの、襖、屏風装による日本画作品約25件

★毎日、午後1時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。明日2月19日(土)と翌20日(日)は特別に、本展の担当学芸員によるギャラリートークが開かれます(午後1時から)。