常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころ紹介(3)

2月5日(土)から始まった現代美術部門の常設展示『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころを紹介するシリーズの第3弾です。今回も前回に引き続き、戦後アメリカ美術を語る上で欠かすことができない用語とともに、主要な出品作品をご紹介してゆきたいと思います。今回も1950—60年代の抽象表現主義を取り上げます。

【用語辞典その3:ドリッピング
リッピングとは「滴らせること」という意味の英語です。アメリカ現代美術の祖であるジャクソン・ポロックによって始められたこの技法は、床に広げたキャンバスの上に、絵具をたっぷりつけた筆をかざし、腕を振りながら絵具をキャンバスの上に滴らせて描く方法を指しています。筆をキャンバスに直接付けてぐいぐいと描く、いわゆる「ストローク」とは異なり、どうしても偶然の要素が入り込んでしまいます。その分、意識のコントロールを外れた、荒々しく新鮮な画面を作れるのが特徴です。

残念ながら当館には、ポロックの油彩作品は収蔵されておりません。代わりに展示しているのは彼が残した銅版画作品5点です。上の写真はその一点ですが、銅版画の性質上銅版に触れずに滴らせて描くことはできなかったものの、できるだけ意識のコントロールを外して偶然の要素を作品に招き入れようとした苦心の跡がよくわかります。
ではなぜ、ポロックは意識のコントロールを外し、偶然に任せて描こうとしたのでしょうか? 実はポロックは、第二次世界大戦中にアメリカに避難してきたヨーロッパのシュールレアリスム(超現実主義)の画家たち、特にフランス人のアンドレ・マッソンの作品に大きな影響を受けています。シュールレアリスムはダリやミロでお馴染み、人間の無意識世界を表現しようとした運動です。マッソンは自分の無意識を画面に描き出すために、オートマティズム(自動書記法)という、頭が朦朧とした状態の時に頭に偶然浮かんで来たイメージをそのまますばやく描き取るという手法で作品を作りました。この手法がポロックのドリッピングに繋がったとも言われています。

ポロックの作品以外で、今回の展示作品の中でドリッピングの手法がはっきり現れているのが、サム・フランシスの作品「サーキュラー・ブルー」(写真上)です。くるくる循環する青い色、というタイトルのとおり、青や緑の小さな色面がくるくると舞い踊っているかのような楽しく爽やかな作品です。この作品に近寄って見ると、下の写真でわかるように絵具がトロトロと流れ落ちた跡が幾つも見つかります。この作品は絵具をたっぷりつけた太い筆を使って、ドリッピングの手法をまじえて描いたものなのです。ポロックのように筆を完全にキャンバスから離すことはせず、そっと筆でキャンバスを撫でつけるようにして描いていますが、これもドリッピングであることに変わりはありません。絵具の流れ落ちた跡が絵具の生々しい物質感を強調し、画面を引き締めています。もしもこの作品に絵具が流れた跡が無かったら、ふわふわした締まりの無い印象の作品になったことでしょう。

フランシスはこの作品を描く直前にフランスに旅行して、オランジュリー美術館で印象派の巨匠クロード・モネの巨大な睡蓮の壁画に出会い、大きな感銘を受けています。この作品の中にも、どことなくモネの睡蓮に似通った雰囲気が感じられます。この作品は完全な抽象画で、特に「何を表わした」というわけではありませんが。見る者の想像力しだいでさまざまなものに見えてきます。睡蓮の池に太陽の光が照り映えているさまに見える人もいれば、池の中をピチピチと泳ぐ魚の群れに見える人もいるでしょう。どんなふうに見ても間違いではありませんが、この作品から「水」のイメージを感じる人が多いのは、ドリッピングの手法によってトロトロと流れ落ちる絵具の跡の印象が強いからかも知れませんね。

次回も、アメリカ現代美術を特徴付ける用語についてご紹介いたします。


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。