常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころ紹介(4)

2月5日(土)から始まった現代美術部門の常設展示『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころを紹介するシリーズの第4弾です。今回も前回に引き続き、戦後アメリカ美術を語る上で欠かすことができない用語とともに、主要な出品作品を見てゆきたいと思います。前回のドリッピングに引き続き、今回も1960年代抽象表現主義の技法をご紹介いたします。

【用語辞典その3:ステイニング】
英語の「stain」は汚れとか、染みという意味。錆びない合金ステンレスの、あのステンです。ステイニングとは「染みをつくること」という意味で、下塗りを施していない生成りのままのキャンバスに、薄く溶いた絵具を染み込ませる技法を指しています。
(通常、キャンバスは絵具が滲(にじ)まないよう、ジェッソ(石膏の意)と呼ばれる白い顔料で下塗りを施してから描きます。下塗りを施していない生成りのキャンバスは絵具がよく滲むのです。)
この「ステイニング」技法で有名なのが、1950年代後半に現れた2人の画家、モーリス・ルイスとケネス・ノーランドです。彼らはこれまでに紹介した、ポロックやロスコ、スティルたち抽象表現主義の第一世代に続く第二世代の画家たちであり、ポロックたちが主にニューヨークで活躍したためニューヨーク派と呼ばれるのに対して、主にアメリカの首都ワシントンD.C.で活躍したため、ワシントン派とも呼ばれます。

このワシントン派を特徴付ける技法が、作者がキャンバスに直接筆を置かず、絵具を染み込ませて描くというステイニングの技法なのです。この技法は、彼らがニューヨーク派の女流画家ヘレン・フランケンサーラーのアトリエを訪問した際に、薄く溶いた絵具を生成りのキャンバスの上に置いて滲ませるという彼女の技法を見て触発され、生み出したと言われています。上の写真はモーリス・ルイスの初期の作品「ダレット・ペー」(タイトルはヘブライ語のアルファベットのDとPのことで、作品に付けられた番号のようなものです)ですが、画面の上から下に向かって、さまざまな色の絵の具が流し掛けられ、幾重にも重なって何とも言えないシックな色合いを作り上げているのがわかります。

上の写真は作品の上部の拡大図ですが、流し掛けに使われた絵具が青や緑、黄色といった明るい色のものであったことがわかります。仕上げにその上から黒っぽい色の絵の具がヴェールのように被せられて、和服の柄を思わせる落ち着いた色が生み出されているのです。

右はルイスの親友であったケネス・ノーランドの作品「カドミウム・レイディアンス」です。カドミウムとは金属の名前ですが、ここではカドミウムを含んだ鮮やかな発色の絵具(カドミウム・レッドやカドミウム・イエローなど)を指しています。その鮮やかな絵具の輝き(レイディアンス)が作品の主題になっているのです。画面下中央から、まるでギラギラと昇る朝日のように上方に向かって伸びる色の帯は、ルイスの作品と同様、絵具をキャンバスに染み込ませて作ったものです。よく見ると、色面の周辺に滲んだ跡が残っています。

ではルイスやノーランドたちは、どうしてこのような技法で作品を描こうとしたのでしょうか? 左の写真はノーランドの作品の部分拡大図ですが、絵具が完全にキャンバスの中に染み込んでいるため、筆で絵具を塗った時のような絵具の盛り上がりや筆の跡は画面のどこにもなく、色の付いた部分にもキャンバスの織り目がはっきり見分けられます。絵具が染み込んだ部分とそうでない部分の差は、ただそこに「絵具の色があるか、ないか」だけでしかありません。そのため作品を離れて見ると、絵具の物質感や画家の手の動きなどはまったく感じられず、ただ色彩だけがキャンバス上に浮かび上がっているように見えるのです。

ワシントン派の二人の画家たちは、ニューヨーク派の画家たちのように作品の中に宗教性や、画家の苦悩の跡などを盛り込むことを良しとしませんでした。彼らは作品を作者の内面の表現ではなく、作者から独立した美しい色彩が鑑賞者を包み込み酔わせるようなものにしたいと願っていたのです。色彩の作者からの自立、この考え方はやがて抽象表現主義に続く、1960年代末に現れるミニマル・アートに受け継がれてゆくことになります。

次回も本展示の見どころについてご紹介いたします。


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。