常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころ紹介(5)

2月5日(土)から始まった初春の常設展示のうち、現代美術部門の『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころについてご紹介するシリーズの第5弾です。今回は用語解説ではなく、ミニマル・アートの代表的画家、フランク・ステラの作品の秘密についてお話しいたします。

1960年代末に現れたミニマル・アート(最小限の芸術)は、その名の通り作品の中から美術を構成している諸要素(色や形、作者の筆の跡や作品に託した思想など)を可能な限り切り捨て、芸術と呼べる最小限の要素とは何かを追求した運動です。ミニマル・アートの作品はどれも極めてシンプルな形と、少数の色彩だけで作られた禁欲的なスタイルを持っていて、現代美術に慣れていない人にはどこが面白いのか、さっぱりわからないようなシロモノです。

例えば上の写真、フランク・ステラの「ヴァルパライソ・フレッシュ」は、茶色い台形の中に白い縞がたくさん引かれているだけのような作品です。よく観察するとこの作品は下のように、正三角形が3つ組み合わされただけの、極めてシンプルなつくりであることがわかります。三角形の組み合わせ方次第で、この作品のような台形以外にも、さまざまな形ができ上がるはずです。実際ステラのこの時代の作品には、少しずつパーツの組み合わせを変えただけのバリエーションが存在することがほとんどです。

ではこの単純なかたちで、ステラはいったい何を訴えようとしたのでしょうか? 積み木遊びのような、単純なかたちの組み合わせの面白さでしょうか? もちろんそれもあるでしょう。あるいは作品を前にした時の人間の目の錯覚がテーマなのでしょうか? 確かに作品の細部をじっと見つめていると、縞模様がいっぱいあるために目が混乱して、これが本当に正三角形を組み合わせただけのものなのかどうかわからなくなってしまいます。もちろんそういう効果もあるに違いありません。けれどもここでは、タイトルに結びつくもうひとつの見方をご紹介いたします。

この作品のタイトル「ヴァルパライソ・フレッシュ」は「ヴァルパライソの肌色」という意味です。ヴァルパライソは世界文化遺産にも登録されている、南米チリの有名な港町の名前で「天国の谷」を意味します。何やら曰くありげなタイトルですが、実がこのタイトルは、印象派の影響を受けた19世紀イギリスの画家、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの作品「ヴァルパライソの肌色と緑色の薄暮」(写真下)から取ったものなのです。(ホイッスラーのこの作品に感化されてステラは3点の作品を作りました。当館蔵の作品はその中の1点です。)

いったいステラの作品のどこが、ホイッスラーのこの風景画と関係しているのでしょうか? ホイッスラーの作品の中をよく探して下さい。そう、港に浮かぶ帆船の帆の形と、ステラの作品のかたちがそっくりなのです。
だからと言って、ステラの作品が即、帆船の帆を表わしたものだとは言えません。実はステラの作品は港に関わる様々なイメージ、例えば船の甲板の模様や、赤レンガの倉庫街のたたずまい、海の上を進む船どうしの航跡などを、どことなくほうふつとさせるようにできているのです。正解は特にありません。見る人の想像力次第で、正三角形を組み合わせただけの単純な形から、どんどんイメージがふくらんでゆくのです。

さてこのステラの作品、正三角形の組み合わせでできあがっているため、作品全体の形は他の作家の作品のように正方形や長方形をしていません。このような変形キャンバスは「シェイプト・キャンバス」と呼ばれ、ステラの作品の大きな特徴です。ステラの作品がふたつ並んだ右の写真を見てもわかる通り、彼の作品は単に壁に掛けられているだけではなく、バックの壁を作品の一部として取り込み、壁全体を作品の一部にしてしまいます。壁を見ずに作品だけを見るなんてことはできません。このためステラの作品は、私たち鑑賞者がいる空間とそのまま繋がっているかのような、生々しい印象を与えるのです。

いかがだったでしょうか? とかく難解に思われがちなステラの作品、少しは身近に感じていただけたのではないでしょうか?


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。