「珠玉のヨーロッパ絵画展」の見どころご案内(4)


好評開催中の企画展「珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー」も、いよいよ会期後半となりました。そこでに今回から、以前ご紹介することができなかった作品を数点取り上げて、同展の見どころをあらためてご紹介してゆこうと思います。


本展は17世紀ヨーロッパのバロック美術と、19世紀の近代美術を中心に、58点の油彩画作品を展示しています。バロック美術の中心となっているのは言うまでもなく、聖書の物語などを題材とした「宗教絵画」ですが、その中でも特に目立つのが、嬰児キリストと若き聖母マリアの姿を描いた作品の数々です。聖母子像はその愛らしく親しみやすい姿のゆえか、時代を超えて人々に愛されてきたテーマでした。本展においても、さまざまな国のさまざまな画家が描いた、聖母子(あるいは聖家族)の姿を観賞することができます。

上の図版はフランドル(現在のベルギー)の画家ヘンドリック・ド・クレルクが描いた「羊飼いの礼拝」です。新訳聖書のうち「ルカによる福音書」に基づいた、イエス・キリスト降誕の際の一シーンを描いた作品です。作品の中央に立つ、赤い服に青いローブをまとい、赤子のキリストを人々に見せているのが聖母マリア、その背後に立っている、紫色の服に黄色いローブの男が、マリアの夫ヨセフです。そして彼らの周囲でキリストを拝んでいる、長い杖を持った3人の男たちは、天使のお告げによって「救世主(メシア)の降臨」を知った羊飼いたちです。作品の右側奥にはまるで窓の外の景色のように装って、天使のお告げを受ける羊飼いたちの姿が説明的に描き込まれています。左端でひざまづく羊飼いの足元には、羊飼いたちがキリストに捧げたものらしき、脚を縛られた供物の子羊がいますが、この生贄の子羊はそのまま、全人類の罪を一身に背負って十字架に架けられたイエス・キリストの象徴でもあるのです。

上の作品も聖書の「マタイによる福音書」に出てくる、キリスト降誕の際の一シーンを描いたもの。イタリアの画家アントニオ・デル・カスティーリョによる「マギの礼拝」です。フランドルの巨匠ルーベンスにもこれと同じテーマで、よく似た構図の作品があり、あるいは右の作品はルーベンスの作品の複製版画に基づいたものかも知れません。
この作品では画面の左側に、赤子キリストを抱き上げた聖母マリアと、その背後のヨセフが描かれています。一方右側には、豪華な衣装を身につけた3人の人物と、護衛の兵士たちが描かれています。3人は小箱から供物を出して、赤子のキリストに捧げています。この3人は救世主の誕生を星占いで知って遠くから旅をしてきたマギ(東方の三賢者))と呼ばれる人々で、一般には老人、中年、そして若い黒人という姿で表わされます。これはイエス・キリストが、あらゆる人種、あらゆる年代の人々にとっての救世主であることを象徴的に示しているのだと言われています。古い時代の作品では3人のマギたちは質素な身なりの預言者として描かれていましたが、時代を経るにしたがって3人の身なりは次第に豪華になり、従卒の兵士まで従えるようになりました。そのためこのテーマは「三王礼拝」と呼ばれることもあります。

上の作品は同じくカスティーリョによる「善きサマリア人」。聖書の「ルカによる福音書」に出てくる、イエス・キリストの有名なたとえ話を描いた作品です。イエスは自分の教えをよく、わかりやすいたとえ話にして弟子たちや民衆に伝えることがありました。ある男が荒野で追い剥ぎに襲われて重傷を負わされ、苦しんで助けを求めていた時、通りがかった司祭たちは見て見ぬふりをして彼を見捨て、ついで通りがかったレビ人もそ知らぬふりで通り過ぎましたが、3番目に通りがかったサマリア人は急いで彼の手当てをし、宿屋に運んで彼が回復するまでの宿代を主人に払いました。見ず知らずの人であっても自分の隣人(となりびと)として親身に尽くすことの価値を、民衆にわかりやすく伝えたたとえ話です。
この作品の中では中央に、重傷を負った人を宿屋に運ぶサマリア人が描かれ、右側奥に去ってゆく司祭たちが、左手奥にはレビ人たちが描かれています。しかしこの作品でいちばん目を引くのは、たとえ話の登場人物ではなく、パノラミックに描かれた重厚な風景です。聖書の舞台となったイスラエルではなく、画家がよく知っているイタリアの風景として描かれていますが、これは明らかに宗教絵画から風景画が独立しようとする、過渡期の作品であると言えましょう。

上の作品、オランダの画家バレント・ガアルによる「兵士たちのいる風景」は、宗教絵画から風景画が完全に独立した後の作品で、ここには聖書のせの字もありません。国を守る騎馬の兵士たちが整列しようとしているところを描いたもので、右端に描かれた巨大な風車が、これがまぎれもなくオランダの風景であることを告げています。オランダは国全体が低湿地で、起伏に乏しい土地柄であったため、オランダの風景画は結果的に空の表現を発達させることになったと言われていますが、この作品においてもドラマティックに湧き上がる雲の表現、光の表現が特に目を引きます。

上は18世紀イタリアの画家、フランチェスコ・フィダンツァの作品「ヴェズヴィオ火山の噴火に逃げまどう人々」。イタリア南部のナポリに近い有名な活火山、ヴェズヴィオ(ベスビオス)山の噴火をテーマにしたドラマティックな絵です。ヴェズヴィオ山と言えば噴火によって古代ローマの都市ポンペイを滅ぼしたことで有名ですが、この絵に描かれたのは制作の前年、1767年の噴火であると思われます。空高く噴き上がる真っ黒な煙、太陽を覆い隠す黒雲、迫り来る煮えたぎった溶岩、炎に包まれる家畜小屋と暴れる獣たち、そして着の身着のままで逃げ出す人々。パニック映画の一シーンを思わせるスペクタクルな場面です。当時の貴重な記録画であるとともに、人間を圧倒する大自然のすさまじさを描いたロマン派の先駆的な作品でもあります。

今回は17世紀バロック時代の絵画を中心にご紹介いたしました。次回は近代(19世紀)の作品を中心に、まだまだある本展の見どころをご紹介いたします。


『珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー』
◆会 期:2011年4月16日(土)−6月12日(日)
◆観覧料:950円(750円)、高大生 650円(500円)、小中生 450円(350円)
     ( )内は前売および20名以上の団体料金
◆展覧会構成:油彩画 58点
 第1部 バロック絵画(17世紀を中心に):宗教画 19点、世俗画 7点
 第2部 近代絵画(19世紀を中心に):肖像画 10点、風景画 8点、風俗画 14点

★企画展の観覧券で、常設展「滋賀の工芸」「マチスピカソ」もご覧いただけます。
★毎日、午後1時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。