常設展示「日本の前衛」の見どころ紹介(1)

1月21日(土)から始まった《現代美術》部門の新しい常設展示「日本の前衛」は、企画展示「近代の洋画・響き合う美─兵庫県立美術館名品展─」に関連した展示で、日本における前衛絵画の先駆者たちから現代平面芸術に至る流れを、代表的な作家24名の作品25点を通して紹介するものです。このブログでも今回からシリーズで、本展示の見どころを少しずつご紹介してゆきます。

本展示はまず、戦前から活躍していた、前衛絵画の先駆者たちの作品から始まります。村井正誠(むらい・まさなり)は戦前から抽象表現を模索していた先駆者のひとりで、白地の上にカラフルで単純な形態を自由に並べ、のびやかで素朴な味わいのある抽象画や半具象絵画を数多く描いた画家です。上の作品「考える男」は完全な抽象画ではなく、人物の姿を元にした半具象絵画で、よく見ると画面の中に人間らしい姿が浮かび上がってきます。直線はほとんど用いられず、ゆるやかな曲線が多用されているためか、素朴な木版画のような暖かい味わいが生まれています。

さて戦前の日本の洋画界において、前衛的表現をもっとも急進的に追求していたのは、二科会の若い芸術家たちによって昭和13(1938)年に結成された「九室会」のメンバーたちです。戦前の二科展において急進的な作風の作品は第9番目の部屋に集められたことに名前が由来するこの団体には、斎藤義重(さいとう・よししげ)、山口長男(やまぐち・たけお)菅井汲(すがい・くみ)、吉原治良(よしはら・じろう)、といった、戦後の現代美術界をリードすることになる巨匠たちが集っていました。

斎藤義重(さいとう・よししげ)は戦前から平面作品の枠に納まらないようなユニークな作品を発表していましたが、戦後の1960年代前半には、ベニヤ板の表面に電動ドリルでガリガリと溝を刻むことによって、平面とも立体レリーフともつかないユニークな表現を開拓し、注目を集めました。筆では決して表現できない、力強い迫力があります。上の写真「作品12」もこの技法で制作したもので、もともとはパリの古い壁に描かれた落書きから発想した技法だということですが、まるで古代の遺跡から発掘された土器の模様か、火星の表面を連想させるような、不思議な雰囲気を画面から漂わせています。

山口長男(やまぐち・たけお)も九室会組のひとりですが、戦後になってから上の作品「安定する四角」のような、ゆるやかな曲線で囲まれた単純な形態(この作品の場合は井げたの形)の使用と、漆塗りの工芸作品を思わせる渋みのある色彩と光沢の或る表面処理によって、日本的な雰囲気をまとった独特の抽象絵画を開拓しました。ユーモラスな雰囲気すら感じられる独特の作風は、一目で山口の作品だとわかるほど強烈な個性を持っています。

菅井汲(すがい・くみ)は戦後の1952年に渡仏し、以後はパリを拠点に国際的に活躍した画家です。60年代からは日本の家紋と道路標識をモチーフにした幾何学的な抽象絵画を開拓しました。菅井は熱狂的なスピード狂であり、ポルシェに乗って時速300キロでアウトバーンを疾走するのが趣味だったそうですが、そんな彼が道路標識の「どんなに猛スピードで走っていても、一瞥しただけでその意味を理解できる」特性を自分の作品に取り入れようとしたのは自然なことだったのかも知れません。上の作品「まるい森」を見ても、作品の中には木のイメージや森のイメージがまったく用いられていないにもかかわらず、全体を見ると何となく「まるい森」というタイトルに納得してしまえます。

吉原治良(よしはら・じろう)はゴールデンサラダオイルでおなじみ吉原製油(当時。現:J−オイルミルズ)の御曹司であり、戦前の抽象表現の開拓者のひとりであり、また戦後の関西前衛画壇を代表するボス的存在でした。彼は自宅のあった兵庫県の芦屋で画塾を開き、そこに集った若い芸術家たちとともに1954年に「具体美術協会」を結成します。具体美術協会は「決して人の真似をするな。未だ誰も試みたことのない表現で作品を作れ」を金科玉条に、型破りでユニークな表現を次々と開拓し、日本の現代美術界に大きな刺激を与えました。その活動はヨーロッパのアンフォルメル(非定型の意)運動の指導者であった評論家ミシェル・タピエによって広く海外に紹介され、大きな反響を呼びました。リーダーの吉原自身も、60年代に画面いっぱいに巨大な○(まる)を描くという、禅の境地を思わせるシンプルな抽象表現を開拓し、山口長男と並ぶ日本的な抽象絵画の極北を示しました。上の作品「無題71」もそうした時期の作品で、シンプルでありながら一見忘れ難い強烈な表現になっています。

この具体美術協会からは、ビンに詰めた絵具をカンヴァスに投げて割ることで絵を描く嶋本昭三(しまもと・しょうぞう)や、紙を貼った多数の木枠を突き破って走るパフォーマンスで有名になった村上三郎(むらかみ・さぶろう)、無数の電球で覆われた電飾服のパフォーマンスで有名な田中敦子(たなか・あつこ)など、多くのユニークな作家たちが輩出しました。その中でも特に有名なのが「足で絵を描く作家」白髪一雄(しらが・かずお)です。床に拡げたカンヴァスの上に絵具の塊りを置き、天井から吊り下げたロープに掴まりながら足で絵具を踏み潰しながら全身全霊で描くそうです。上の作品「大金剛神」もそうやって描いた作品のひとつで、足は手の5倍の力があると言いますから、手では描けないような破天荒でダイナミックな表現が生まれることになります。また描いている最中は無我夢中で、ほとんど何も考えることが出来ない没我の境地にあるそうです。意識のコントロールを外したところにある、無意識の強烈なエネルギーと人間の肉体性、それに絵具の物質感が前面に押し出された、迫力ある作品です。

具体美術協会の作家からは今回、白髪一雄や前述の田中敦子の他、上の写真「作品」のような、ドロドロに溶いた絵具を流し掛けして人魂か奇怪な生物を思わせる不思議な形態を作り上げる元永定正(もとなが・さだまさ)や、絵具を垂らしながら走るリモコンの自動車を操って描くことにより、下の写真「Work1961」のような、細い線が際限なく一筆描きでつながるという手では描けないような表現を生み出した金山明(かなやま・あきら)の作品を展示いたします。関西に生まれ、世界を驚かせた若い芸術家たちの実験の軌跡を、ぜひご覧いただきたいと思います。

なお今回紹介した作家たちのうち、吉原治良斎藤義重、それに菅井汲の戦後まもない時期の作品が企画展「近代の洋画・響き合う美」展において展示されていますので、ぜひ本展示と併せてご覧下さい。

次回は、海外で活躍した日本の現代美術作家についてご紹介いたします。


常設展示「日本の前衛」「滋賀の洋画」 1月21日(土)−4月1日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円)、高大生 250円(200円)、小中生 無料
( )内は20名以上の団体料金。
※日本美術の展示「滋賀の洋画」(1月21日(土)−4月1日(日))も同時にご覧いただけます。
※企画展「近代の洋画・響き合う美」(1月21日(土)−3月11日(日))の観覧券で、常設展もご覧いただけます。