常設展示「《縦》と《横》」の見どころ紹介(2)

4月3日(火)からは始まる新しい常設展示のうち、現代美術部門の展示『《縦》と《横》』の内容を紹介するシリーズの第2弾。ミニマル・アート(最小限芸術)の作品を紹介した前回の【1.造形の基本要素】に引き続き、今回も垂直(縦)と水平(横)の線、縦横方向への動きや拡がり、矩形(長方形)や立方体などによって形作られた作品など、《縦》と《横》が目立つ作品の数々をご紹介いたします。


【2.基本単位と規則性】
縦と横の長さが等しい正方形や、3辺の長さが等しい立方体は、ユニットとして幾度も反復されることで作品を形作る基本要素となります。

ミニマル・アートの作家ソル・ルウィットの作品の多くは、基本となる立方体を幾つも組み合わせて作られています。今回展示しているルウィットの「ストラクチャー(正方形として1、2、3、4、5)」も、白木を規則正しく組み合わせて作られた、ジャングルジムを思わせる立体作品です。写真をよく見るとわかる通り、立方体は写真手前から奥に向かって1×1×1、2×2×2、3×3×3、4×4×4、5×5×5、の順序で規則正しく積み重ねられています。一見雑然として見えますが、いったん数学的な規則性に気が付くと、精密に組み上げられた幾何学図形が持つ、繊細な美しさに圧倒されます。学校で幾何学の授業を受けている時に、方眼紙の上に製図して得られる幾何学図形の美しさにハッとなった経験がある人は多いことでしょう。本来は理念上の世界にしか存在しない、数学的な規則性が持つ理知的で禁欲的な美しさを目の前に作り上げているところに、ルウィットの作品の面白さがあります。

同じくミニマル・アートの作家であるドナルド・ジャドの作品「無題」も、ある数学的な規則性をもって形作られています。写真を見て、その規則性を見つけることができるでしょうか? 青い金属棒の下部に付いている、鈍い銀色のパーツの長さに注目して下さい。実は右端のパーツの長さと、その左隣にある2つ目のパーツの長さを足したものが、3つ目のパーツの長さに等しくなっているのです。4つ目のパーツは2つ目と3つ目のパーツの長さの和であり、5つ目は3つ目と4つ目の和です。このような、隣り合う二つの項の和が次の項と等しくなるような数列は「フィボナッチ数列」と言い、キクの花の配列やオウムガイの形など、自然界に普遍的に存在していると言われています。
フィボナッチ数列の例:{1、2,3(1+2)、5(2+3)、8(3+5)、13(5+8)、21(8+13)、…})

ジャドの作品の場合、よく見ると銀色のパーツの長さだけでなく、パーツとパーツの間隔もフィボナッチ数列になっています。このように数学的な規則性で作品を構成することにより、ジャドの作品は「作者の内面の表現、個性の表現」といった従来の芸術観を打ち破り、自然の美と同様の普遍的な美を生み出そうとしたのです。
でもそれだけならば、自然物の単なるコピーであり、自然美を鑑賞した方がマシだと思われる方もおられるでしょう。ですがジャドの作品にはもうひとつ、大きな特徴があります。この作品「無題」を見て、あなたはどんなものを連想しますか? いったい他のどんなものに似ていると思われますか? 似ているものがありそうだけど、それが何なのかなかなか思い付かないという方が多いと思われます。ジャドの作品は「他のいかなる物にも似ていない、いかなる物をも連想させない」ことを目指して作られており、目の前にあるただそれだけの物体、この世でただひとつきりの「特殊な物体」と呼ばれているのです。このことによってジャドの作品は、自然物に比肩しうる存在感を持つことになりました。

山田正亮(やまだ・まさあき)の作品の場合は、もう少し複雑です。一見単純な規則性しか持っていないように見えて、実は巧みにいろんなものが隠されているのです。上の作品「Work D-274」は一見、碁盤の目状に正方形を配置しただけのように見えますが、よく見ると画面の中には縦長の長方形、大きな横長の長方形、そして十字型といった様々な形がだまし絵のように隠れていることがわかります。

また上の作品「Work D-307」は、一見「濃い色─薄い色─濃い色─薄い色」と互い違いの市松模様状に色面が配置されているように見えますが、モノクロ写真にしてみるとおわかりの通り、実は作品右上の部分だけ市松模様が崩れています。

また、グレーの色彩が上から下に向かって徐々に濃くなっていたり、格子を形作る長方形の形がどれも異なっていたりと、単純なように見えて実は一筋縄ではいかないことがわかります。どれもよく観察しないとわからないような、視覚のトリックなのです。山田正亮の作品は一見、ミニマル・アートの作品のように見えますが、実はミニマル・アートとは異なり、人間の視覚の謎について鋭く問い掛けるものになっているのです。


【3.拡がり】
クリフォード・スティルの「PH-386」は、高さ3メートル弱、幅4メートル弱という巨大な作品です。

スティルが作品の中に描き込んだ模様は荒々しい岩肌を思わせ、グランド・キャニオンやモニュメント・バレー等に代表される、人間を寄せ付けないアメリカの巨大な大自然を連想させるとよく言われます。ここで注目したいのは、模様が横方向ではなく、縦方向に伸びるように描かれている点です。人間は目の構造のために、顔を動かさずに横方向に視線だけを動かすのは容易ですが、縦方向に動かすのはあまり得意ではありません。ですから縦方向に伸びる線を見た時、わたしたちはつい見上げるように顔を動かしてしまい、横方向の線以上にその長さを意識してしまいます。縦方向に延々と延びる線は、作品の巨大さ、画面の果てしない拡がりを強調するのに一役買っているのです。

先ほどのスティルはミニマル・アートに先立って50年代のアメリカで流行した、抽象表現主義を代表する画家のひとりです。スティルと並ぶ抽象表現主義の巨匠であるバーネット・ニューマンの作品にもまた、縦方向の線が特徴的に現れます(写真上は「カントIV」、下は「無題」)。

彼の作品の中央にまっすぐ延びる縦の線は「ジップ(条線という意味)」と呼ばれ、ニューマンのトレードマークになっています。ジップを用いた作品の多くは左右対称の画面を形作っていますが、これは鑑賞者が作品に真っ向から向かい合っているという正面感を強調するとともに、宗教絵画(左右対称に描かれることが多い)にも似た雰囲気を与える効果があると考えられています。

さらに上の作品「無題」のように、ジップだけを取り出して作品にしたものまで存在します。この作品の場合、下の写真のように作品を展示してある壁面そのものがジップを中心とした画面のようになり、わたしたちのいる展示室の空間が作品の中に取り込まれてしまうことになります。



同じく、展示室の空間を作品の中に取り込んでしまうのが、リチャード・セラの作品「床に立つ横長の長方形」(写真上)です。作品そのものは、油性のペイントスティックによって黒板のように真っ黒に塗られたアルミの板なのですが、壁に掛けられて展示されるのではなく、壁にペタンと貼り付いたまま、床と壁の境目の線に沿って置かれるように展示されるという実にユニークなものです。この作品が展示室に置かれているのを見た人は、ふだん意識しない壁と床との境界線に注意を払わざるを得なくなります。そして普段は作品しか見ていなかったわたしたちの展示室を見る目が、大きく変わっていることに気付かされます。縦方向と横方向への広がりはこのように、作品の大きさを超えてわたしたちのいる空間を作品の中に取り込んでしまう、巨大な仕掛けになっていることがおうおうにしてあるのです。

次回も引き続き、本展示の見どころについてご紹介いたします。


■常設展示「《縦》と《横》」 4月3日(火)−6月24日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円)、高大生 250円(200円)、小中生 無料
( )内は20名以上の団体料金。
日本画・郷土美術美術の展示「志村ふくみと滋賀の工芸」(4月3日(火)−6月24日(日))も同時にご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展もご覧いただけます。