常設展示「《縦》と《横》」の見どころ紹介(3)

本日4月3日(火)からは始まった新しい常設展示のうち、現代美術部門の展示『《縦》と《横》』の内容を紹介するシリーズの第3弾。今回も垂直(縦)と水平(横)の線、縦横方向への動きや拡がり、矩形(長方形)や立方体などによって形作られた作品など、《縦》と《横》が目立つ作品の数々をご紹介いたします。


【4.重力】
地球上の物体はみな、鉛直方向、つまり下方に向かって落下します。地球の重力が働いているためです。美術作品の中には、この「重力方向への動き」即ち「縦方向の動き」をうまく作品の中に取り入れたものが存在します。

アメリカ抽象表現主義第2世代の画家であるモーリス・ルイスは、薄く溶いたアクリル絵具を画面上方から流し掛けして生成りのキャンバスを染め抜き、不思議な模様を作り出します。画家の筆は、画面にまったく触れていません。画面の模様は、絵具の性質と重力という自然の力の相互作用によって生み出された、半ば偶然の産物なのです。作者のルイスはこの偶然をうまくコントロールして、様々なバリエーションの作品を作り上げました。作品を制作する際に用いられた色彩は、画面の上方に少しだけ覗いています。これら明るい原色の絵具が幾重にも重なり合って、重厚でしっとりした情感をも合わせ持った、幻想的な画面が生み出されたのです。

日本の元永定正(もとなが・さだまさ)の作品もルイスと同様に、絵具を上から流すことで作られていますが、その印象はまったく異なります。ルイスの作品がキャンバスと色彩が一体化した、あっさりとした上品な印象を与えるものであるのに対し、溶けきらない絵具の塊をふくんだドロドロの油絵具を板の上に流した元永の作品は、人魂かお化けを思わせる、おどろおどろしい不気味な生物感を特徴としています。色と色とがルイスの作品のように混ざり合わず、強烈に自己主張しています。ユーモアと不気味さが混在するユニークな画面です。ルイスと元永定正、あなたはどちらの作品の方がお好みですか?


【5.運動】
縦方向や横方向に伸びる動きが、運動感を生み出している作品があります。

抽象彫刻の父と呼ばれるルーマニア出身のコンスタンティンブランクーシの代表作である「空間の鳥」は、重力の束縛を離れて無限の天空に向けて真っすぐに飛翔する、鳥の姿を抽象的に表わしたものです。鳥なのになぜ、翼や頭部が無いのでしょうか? 猛スピードで空を飛んでいる鳥の姿を見た時、人間の目には翼がどんな形をしていたか、くちばしの形はどんなだったかなど、細部ははっきりと認識されません。ただ空気の中を勢いよく進む、流線形をした何物かが見えるに過ぎないはずです。ブランクーシは死んだ剥製の鳥ではなく、飛翔中の鳥の姿を表現しようとしました。だからこそ細部を省略し、天空めがけて勢いよく伸びる流線型の形で鳥を表わしたのです。
作品の「上昇感」を表現するために、ブランクーシは他にも様々な工夫を凝らしています。作品は重い金属(ブロンズ)でできているのですが、ブランクーシは作品から重量感を取り去ろうとして重心をあえて高い場所に置き、また表面をツルツルの金色に磨き上げました。そして金色の作品を支える台座も自分でデザインし、下から上に向かって徐々にすぼまってゆく形にまとめ上げ、鑑賞者が作品を「見上げる」形で展示できるよう高さも調整しました。質感も「ザラザラ」から「ツルツル」へと徐々に移り変わることで、地上の物質の束縛を離れて非物質的な精神の世界へと上昇してゆく雰囲気をうまく表現しているのです。

李禹煥(リ・ウファン)の「点より」は、青い絵具をスタンプの要領で、左上から右に向かってポンポンポン、と押してゆくことによって描かれています。絵具が無くなったら再びつけ直し、何度も何度も繰り返しスタンプしてゆきます。こうして描かれた作品には、横方向への運動感がはっきりと現れています。運動感だけでなく、作者が作品を制作した際の時間がそのままパックされて作品の中に詰め込まれているようにも感じられる。ユニークな作品です。


【6.グリッド(格子)】
縦と横の線で区切られた格子模様は、人工的で未来的なイメージを与えるためによく用いられます。また格子で囲まれた長方形や正方形の繰り返し(反復)は、それらが一繋がりのものであるという連続性を際立たせるとともに、それらの微妙な変化に注目させる効果も持っています。

一圓達夫(いちえん・たつお)の「Work 10」は3×3の格子模様の中に、同じ模様を微妙に上下左右反転させたイメージを繰り返すことで、秩序の中の変化が興味深い味わいを生み出しています。

加納光於(かのう・みつお)の「(Phyllosoma)g-II」(なおPhyllosomaフィロソーマとはイセエビ類の幼生の名)には、テレビのブラウン管の拡大図のような規則正しいドット(点)が現れており、格子模様の変形と言えるでしょう。この作品でも人工的なドットの繰り返しと、微妙な変化を見せる鮮やかな色面との対比が、ユニークな個性を生み出しています。

微細で入り組んだ格子模様を巧みに使って、目がチカチカする不思議な画面を作っているのが、オノサト・トシノブの「Silk-10」です(題名のSilkは版画技法のシルクスクリーンのこと)。作品に近寄ると長方形と正方形が組み合わさった微細な格子模様が目につき、作品から離れると今度は、赤と黄色の市松模様が目につくようになります。オノサトは日本におけるオプ・アート(オプティカル(光学的な)・アート)の第一人者で、だまし絵等に代表される人間の視覚における「錯覚」のメカニズムをうまく用いて、カラフルでユニークな作品を数多く描いています。

さらにうまく格子模様を活用しているのが、出店久夫(でみせ・ひさお)の「私風景'89-Amarillo y Rojo」です。Amarillo y Rojo(アマリージョ・イ・ロホ)はスペイン語で「黄色と赤」を意味しますが、その名の通り黄色と赤の市松模様の格子で作られた、強烈な印象を与える作品です。格子模様の中にはこの世ならぬ異世界を思わせる不思議なイメージが反復して表わされていますが、これは作者が撮りためた様々な写真をコラージュ(貼り絵)して作られた、架空の幻想風景です。ひとつだけでも不思議な光景なのに、それが幾度も反復され、上下左右に反転されて提示されることによって、幻想イメージの非現実的な印象が強調されています。イメージは細切れにされて小さ目の印画紙に焼かれた後、パネルに貼られているのですが、印画紙と印画紙の間に細い隙き間を入れることによって、人工的で非現実的な印象はさらに強まっています。格子模様の特性をうまく生かして、現実と非現実の橋渡しを行なっているところに、この作品の見どころがあります。


以上3回に渡って「《縦》と《横》」をテーマにした今回の常設展示の見どころをご紹介してまいりました。「《縦》と《横》」は4月3日(火)から6月24日(日)まで、常設展示室2において開催いたしております。どうかご観覧下さい。


■常設展示「《縦》と《横》」 4月3日(火)−6月24日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円)、高大生 250円(200円)、小中生 無料
( )内は20名以上の団体料金。
日本画・郷土美術美術の展示「志村ふくみと滋賀の工芸」(4月3日(火)−6月24日(日))も同時にご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展もご覧いただけます。