常設展示「滋賀の工芸」の見どころご案内(1)

4月5日(火)から新しい常設展示「滋賀の工芸」と「マチスピカソ」が始まりました(いずれも6月26日(日)まで)。そこで今回からシリーズで、両展示の見どころをご案内いたします。まずは日本画・郷土美術部門の展示「滋賀の工芸」から、最大の見どころである志村ふくみの作品をご紹介します。


滋賀県ゆかりの3人の人間国宝(重要無形文化財保持者)作家のうち、友禅着物の森口華弘(もりぐち・かこう)(守山市出身) 、鉄釉陶器の清水卯一(しみず・ういち)(大津市で活躍)の2氏は既に鬼籍に入られていますが、紬織(つむぎおり)の志村(しむら)ふくみ(近江八幡市出身)氏はご健在で、京都・嵯峨野の工房で作品制作に勤しんでおられます。
志村ふくみは1924(大正13)年、滋賀県近江八幡市に生まれました。1955(昭和30)年に染織の道を志し、郷里の近江八幡で独自に研究を始めました。1957(昭和32)年の第4回日本伝統工芸展に初出品で入選。翌年の第5回展から第8回展まで連続して4回の特選を受賞し、第9回展からは特待出品者になるという快挙を成し遂げました。

紬織は、真っすぐな長い糸にならず絡まってしまった絹糸や、蛾が羽化した後の穴の開いた繭などの、いわゆる「くず繭」から作られる庶民の普段着で、本来は着物としての格が低いものとして芸術の対象に数えられない存在でした。その紬織を芸術の粋にまで高めたことで、志村ふくみは高く評価され、1990(平成2)年には国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されるまでになったのです。

志村ふくみの作品を語る上で避けて通れないのが「草木染め」です。彼女は自ら山野を巡り歩いて四季おりおりの植物を入手し、それを用いて紬糸を染めることでさまざまな色の糸を作り、それらを縦横に駆使してあの見事な作品を織り上げるのです。例えば前頁上の写真は「常寂光寺(じょうじゃくこうじ)の桜」というタイトル通り、サクラの皮で染めた黄色の糸を中心に、藍で染めた青色の糸などを組み合わせて織り上げた着物です。サクラと聞いて誰もが思い浮かべるあのピンク色ではありませんが、春のうららかな陽気と、優美に咲き誇るサクラの花のたおやかさが、共に伝わってくるような仕上がりです。

上の作品は「玄(げん)」。藍を基本に染めた落ち着いた柄の着物です。正三角形を組み合わせた特徴的な文様が目に付きますが、これは日本の伝統的な文様である「鱗文(うろこもん)」を応用したものです。ですが横方向に幾重にも筋の入った濃い藍色の柄をじっと見つめていると、夜の琵琶湖の湖面と、そこに据え付けられた魞(えり。魚を捕らえる罠の一種)か、魚の群れのようにも見えてきます。いずれにせよ夜の深い闇の神聖さが伝わってくるような作品で、幾何学文様を組み合わせて自然のイメージを表現する志村芸術の精髄が見て取れます。

志村ふくみは約10年ほど前から、源氏物語をテーマにしたシリーズに取組み、これをライフワークとしています。80歳を目前にした志村がこのシリーズの制作を思い立ったのは、住まいの近くの清涼寺(嵯峨釈迦堂)境内に、光源氏のモデルともいわれる源融(みなもと・とおる)の墓所があることに気づいたのがきっかけでした。昔から源氏物語を愛読していた志村はこれも何かの縁と悟り、源氏物語五十四帖のそれぞれのタイトルを冠した着物の制作に取り組みました。抽象的な織り柄でありながら、いずれの着物にも物語の内容に沿った景色や、登場人物の心の動きまでもが象徴的に、見事に表現されています。上の作品は第十一帖からとった「花散里(はなちるさと)」。タイトルになっている、源氏の父桐壷帝の妃・麗景殿の妹で、温和な慎ましい性格で裁縫・染物などにも堪能な花散里という女性のイメージにふさわしい、暖かく繊細な色彩の優美なグラデーションが美しい作品です。

上も源氏物語シリーズの一点、第十二帖からタイトルを取った「須磨(すま)」です。朧月夜との仲が発覚し光源氏が逃れた須磨(現在の神戸市須磨区)の、海辺の風景をイメージしたかのような作品です。以前ご紹介した第十二帖「明石」が朝の海の穏やかな光をイメージしたような作品なら、こちらは月の光がきらめく夜の海の神秘さをイメージしたものでしょうか。志村ふくみのイマジネーションの豊富さと、それを見事に作品に仕上げる熟練の手技には驚かされるばかりです。

現在当館は、100点近い志村ふくみの紬織着物作品を所蔵していますが、残念ながらそれらを一堂に展示することは、展示スペース等の関係でできません。そこで少しでも多く志村作品のエッセンスを感じていただこうと、彼女が過去に制作した紬織のハギレを集めたカタログ的な作品「裂の筥(きれのはこ)」(写真右)を展示しています。いずれも小さなハギレですが、すぐ近くまで近寄って観察できるため、志村芸術の精髄を味わうには絶好の展示となっています。

今回の展示でご紹介する志村ふくみ作品は全部で9点。ぜひ心ゆくまでご堪能下さい。次回は滋賀県が誇る人間国宝作家の他の二人をご紹介いたします。


■常設展示「滋賀の工芸」4月5日(火)−6月26日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料 ( )内は20名以上の団体料金。
※併設「マチスピカソ」「小倉遊亀コーナー」も一緒にご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。