「珠玉のヨーロッパ絵画展」の見どころご案内(1)


4月16日(土)から始まった春の企画展「珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー」の、見どころをご紹介するシリーズの第1弾です。今回は17世紀のバロック美術と、その中の宗教絵画についてご紹介いたします。

バロックとは「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語に由来する美術用語で、14・15世紀のルネサンス美術が理想とした「均整のとれた美」に対し、17世紀の美術が均整や調和よりもむしろ、ダイナミックな動感やドラマティックな感情の表出に重きを置いていたために付けられた名前です。醜いものを飾り立てずにそのまま描き出す自然主義的な姿勢や、光と影のコントラストを強調したドラマティックな画面構成なども、バロック美術を特徴付ける要素になっています。

上の作品はフランドルの画家ウィレム・ファン・ヘルプの作品「サウルの前のダビデ」です。サウルもダビデ旧約聖書の登場人物で、サウルは神によって選ばれたイスラエル最初の王でしたが、神の言葉に従わなかったため、神は新たににダビデという少年を次の王に定めます。この作品は悪霊によって心をさいなまれて苦しむサウルの前で、少年ダビデが竪琴を奏でてサウルを癒すという有名なシーンを描いたものです。鬱状態で悶々とするサウルの猜疑心に満ちた表情と、心配そうな家臣たち、そして無心に竪琴を奏でるダビデという、三者三様の性格描写が見どころです。劇的なシチュエーションに華麗な色彩、動感をはらんだ構成などに、ルーベンスやヴァン・ダイクなど当時のフランドル・バロックの巨匠たちの強い影響が見てとれます。

上の作品はオーストリアの画家ダニエル・ザイターが新訳聖書の一シーンを描いた「キリストと姦婦」です。不義をはたらいた女がイエスの前に連れて来られますが、イエスは群衆に「お前たちの中で罪の無い者がまずこの女に石を投げなさい」と言い、誰も石を投げようとしなくなったところでこの女を諌めて開放します。キリスト教の教義の中でも特に重要な「罪と許し」にかかわるエピソードを描いたもので、女を断罪しようとする左端の偽善的な律法学者、中央のイエス、その右側にいる不義の女という三人の主要な登場人物を、光の効果を駆使してダイナミックに描き分けています。特に影になった醜い学者の顔と、光に照らされたイエスの顔の対比が印象的です。

上の作品はイタリアの画家オノリオ・マリナーリの作品「聖チェチリア」。古代ローマの貴族の女性で、キリスト教に改宗して殉教した聖カエキリア(イタリア語読みでチェチリア、英語読みでセシリア)を描いたものです。聖チェチリアは伝説では神を賛美するために楽器を奏でながら歌ったとされ、音楽の守護聖人とされることがあります。この女性がまぎれもなく聖チェチリアであることは、オルガンを弾き、彼女を讃えるために天使が授けたという薔薇の冠を付けていることでわかります。このように当時の絵画にはイエス・キリストや聖人を描く際の約束ごとがはっきりと定められており、逆に言えば絵の中のその約束ごとを読み解くことにより、どんな人物を描いたものか、どんなシーンを描いた作品なのかが、明確にわかるようになっているのです。

上の写真は18世紀スペインの画家マリアーノ・サルバドール・マエーリャの作品「聖家族と幼い洗礼者聖ヨハネ」。聖母マリア、幼児イエス、そして父親のヨセフの3人を聖家族と呼び、特にバロック時代のカトリック諸国(スペイン、イタリア、フランドル等)で好んで描かれた画題です。画面に描かれた女性が聖母マリアであることは、約束ごとになっている衣装の色(赤い服に青い外套)によって、男性がヨセフであることは背後にある大工道具で、それぞれわかります。聖家族の右下にいる子羊を連れた幼児は、キリストに洗礼を施した洗礼者(バプテスマ)ヨハネの幼い頃の姿です。この幼児が洗礼者ヨハネであることもまた、羊を連れ、杖のような細長い十字架を持っているという約束ごとでわかります。ヨハネが持つ十字架にゆわえ付けられた布には「ECCE AGNUS DEI(神の子羊を見よ)」というラテン語の文章が書かれており、これはやがて人類すべての贖罪のために十字架にかけられる、イエスの運命を暗示しているのです。なお作者のマエーリャはイタリアのバロック美術に影響を受けていますが、活躍年代としてはむしろ近代に近い画家であり、新古典主義の先駆者と言われるドイツの画家メングスの影響も強く受けています。この作品における、聖母子の愛らしい表情や柔和で親しみの持てる色彩、滑らかな筆遣いなどに、メングスの影響が認められます。

今回は17世紀バロック時代の作品をご紹介いたしました。次回は19世紀(近代)の風景画作品についてご紹介いたします。


『珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー』
◆会 期:2011年 4月16日(土)−6月12日(日)
◆観覧料:950円(750円)、高大生 650円(500円)、小中生 450円(350円) ( )内は前売および20名以上の団体料金
◆展覧会構成:油彩画 58点
第1部 バロック絵画(17世紀を中心に):宗教画 19点、世俗画 7点
第2部 近代絵画(19世紀を中心に):肖像画 10点、風景画 8点、風俗画 14点

★毎日、午後1時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。