「色と墨のいざない−出光美術館コレクション展−」の見どころ紹介 その1


いよいよ本日9月11日(土)から始まりました企画展「色と墨のいざない−出光美術館コレクション展−」の見どころについて、これから何度かに分けてご紹介いたします。

今回の展覧会は鎌倉時代から江戸時代にかけての日本美術、とりわけ「日本画」の流れを紹介しているのが特徴です。ところで、「日本画」とはよく聞く言葉ですが、いったいどのようなものを指しているのでしょうか?

画材の面からすると、日本画は西洋の油絵具や水彩絵具ではなく、日本古来の岩絵具を用いて描いた絵を指しています。岩絵具とは、天然の石や貝殻を砕いて作った顔料(色の付いた粉)を、動物の皮や骨を煮て作る「膠(にかわ)」という糊の一種でこね、筆に付けて描く技法を指しています。ちなみに油絵具は顔料を、亜麻(リネン)の種を絞った油「リンシード」でこねたもの、水彩絵具は顔料を、アラビアゴムという植物の樹液を水とグリセリンに溶かした液体でこねたものです。また絵を描く際に用いる紙や布も、日本(和紙や絹の布)と西洋(洋紙や帆布)では異なっています。

けれども画材の違いだけでなく描き方においても、日本画と西洋の絵画では大きな違いがあります。それでは日本画独特の描き方とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
日本画」と一口に言いますが、実はその中には大きく分けて二つの大きな流れがあります。ひとつは、平安時代の絵巻物などに代表される、日本古来の「やまと絵」。そしてもうひとつは、鎌倉時代に中国から伝わった「水墨画」です。この二つの流れが互いに影響し合いながら、日本美術の豊饒な世界を作り上げていったのです。

「やまと絵」の典型的な作風は、平安時代の絵巻物に見ることができます。そこでは人物や物体の輪郭が、張りのある線でくっきりと描かれ、色彩はちょうど「塗り絵」のように、輪郭線の内部を埋めるように平面的に塗られます。上の作品「重要文化財 橘直幹申文絵巻 (たちばなのなおもともうしぶみえまき)」(部分)にも、その特徴ははっきり現れています。鎌倉時代に描かれたこの作品は、平安時代の貴族・橘直幹が官職の人事異動の件で天皇に送った申し文に関わるいきさつを絵巻にしたもので、写真はその中の、おりしもの内裏炎上で宮中から逃げ出す人々を描いたシーンです。簡潔ながら躍動感溢れる線で、逃げ惑う人々の姿がユーモラスに描き出されています。

やまと絵はその後も、源氏物語などの物語文学と結びついて受け継がれ、室町末期から江戸初期に土佐派、住吉派などのやまと絵専門の画派もあらわれます。上の写真は土佐光信の作と伝えられる「源氏物語画帖」のうちの一面ですが、濃密なやまと絵表現の魅力をよく伝えています。

「やまと絵」が、輪郭線の内側を色彩で塗りつぶす、いわば「線と面を区別する描法」であるのに対し、唐の時代の中国で生まれ、禅宗とともに鎌倉時代の日本に伝わった「水墨画」は、線と面の区別を持たない描法です。上の宮本武蔵「竹雀図」を見てもわかるとおり、竹の枝も葉っぱもそれぞれひと筆で一気に描かれています。墨の濃淡や筆圧の違いなどにより、微妙な陰影や量感が表現されているのです。これは描き直しの効かない一発勝負の描き方であり、高い精神の集中力が求められます。それゆえ、精神修養を重んじる禅宗に取り入れられ、禁欲的な武士の時代にふさわしい芸術としてその後隆盛を迎えることになったのです。そして幕府お抱えの御用絵師として活躍した狩野派(かのうは)によって、室町期の水墨画は完成をみます。下の写真は狩野元信作「花鳥図屏風」の一部ですが、大画面の水墨画の堂々たる迫力がよく感じ取れます。

この「やまと絵」と「水墨画」の二つの流れは、相反する描き方ですが、決して対立するものではなく、日本の画家たちは両者の融合によって新しい地平を切り拓こうとしました。狩野派も江戸時代以降は、やまと絵の土佐派の作風を巧みに取り入れて新たな境地を切り拓きました。ですから日本画の流れを考える時に、この二つの流れがどのようにからみ合い、どのような新しい境地を導いたか、探ってみることはとても有意義なことです。

今回の「色と墨のいざない−出光美術館コレクション展−」にはタイトルが示すとおり、濃密で色鮮やかな「やまと絵」と、墨一色で世界を表現する「水墨画」の二つの画法を代表する名品が多数展示されています。本展を通してぜひ、日本画の奥深い世界に触れてその魅力を満喫して下さい。


「色と墨のいざない−出光美術館コレクション展−」

会期:9月11日(土)−10月11日(月・祝)
観覧料:一般 950円(750円))、高大生 650円(500円)、小中生 450円(350円)
    ( )内は前売および20名以上の団体料金。
企画展の観覧券で常設展「横山大観と仲間たち」「赤と黒」も観覧できます。