秋の常設展「湖国滋賀と京都画壇」の見どころ紹介(2)

ただ今開催中の日本画部門の常設展示「湖国滋賀と京都画壇」では、湖国滋賀と京都の日本画壇の繋がりに焦点を当てて、江戸中期から昭和時代に描かれた作品19点を展示しています。ちょっと間が開いてしまいましたが、本展示の見どころを紹介するシリーズの後編をお届けします。

古くは近江国と呼ばれた滋賀県は京の都に近く、また「近江八景」に代表される風光明媚な土地柄で、京の人々にとっては格好の保養地であったこともあり、古くから京都とは密接な関係を持っていました。また、滋賀県(近江国)出身で、京都の画壇で活躍した画家たちもたくさんいます。滋賀県出身の京都画壇の画家として筆頭に挙げられるのが、明治後半から戦前期にかけて竹内栖鳳(たけうち・せいほう)とともに京都画壇をリードした大津市出身の巨匠、山元春挙(やまもと・しゅんきょ)です。今回は山元春挙を中心に明治以降の京都画壇の作品をご紹介してゆきます。

山元春挙は明治4(1871)年の生まれで、京都の日本画家・野村文挙(のむら・ぶんきょ)に師事し、文挙が上京した後は文挙の師であった森寛斎(もり・かんさい)について絵を学びました。野村文挙は京都の生まれですが実家が現在の東近江市出身の近江商人であり、滋賀県とも関係の深い画家です。前回紹介した幕末期の平安四名家のひとり塩川文麟(しおかわ・ぶんりん)に四条派の絵を、森寛斎に円山派を学び、卓越した写生描写と独自の詩情が融合した格調高い作品を数多く描きました。上の作品は野村文挙の「芳野春暁図(よしのしゅんぎょうず)」ですが、木々の葉っぱや遠景にかすむ山々の描写等は写実的なリアルな表現となっており、写生を重視した円山四条派の画家らしい筆の冴えを見せていますが、川に近い中景の雲の表現などには琳派の影響を思わせる様式化された描写も見られ、興味深い作風となっています。

この野村文挙の作風を引き継いで、山元春挙も風景画を得意としていました。ただし文挙の作風が江戸時代の京都画壇の延長線上にあるものであったのに対し、山元春挙の画風はそこに西洋近代の実証主義とロマン派的精神を加えた、近代日本ならではのものになっているのが特徴です。
江戸時代の京都画壇、特に円山派や四条派の画家たちは写生を重視し、実景に取材して風景画を描こうとしていました。春挙はこの精神を押し進め、日本アルプスの山々に自ら画材を持って登り、高山での実体験を元に迫力ある風景画を描きました。また当時まだ珍しかった写真に興味を持ち、カメラを取材現場に持ち込んで風景を撮影し、作品制作に生かしたということです。そうして描かれた、人間を拒絶するかのように険しく厳しい自然描写はそれまでの日本画にない迫力と威厳を兼ね備えており、高い評判を呼びました。そのリアルな風景描写は架空の風景を描いた上の作品「蓬莱仙境図」にもよく現れており、説得力のある表現に仕上がっています。

一方で春挙の作品に描かれる風景は、風景の荘厳さ、不滅性に対する、人間存在の矮小さ、はかなさを強く意識させるものになっており、ターナークールベなど西洋近代の風景画に見られるロマン主義的精神とも相通じる部分を持っています。こうした「自然対人間」という図式を強調するために、春挙はよく雄大な風景画の中に点景的に小さな生き物の姿を描き込むことがあります。奈良と和歌山の間を流れる溪谷に取材した上の作品「しぐれ来る瀞峡」においても、川の中から顔を出した岩の上に小さな水鳥の姿を配して感情移入をうながし、鑑賞者に水鳥の目から見た岸壁の威容を追体験させることによって、風景の巨大さを間接的に強調するよう工夫がなされています。なおこの作品は青く澄んだ美しい水の表現が実に印象的ですが、春挙はこうした美しい水の表現を得意とし、水墨画だけでなく色彩画家としても一流の実力を示しました。

山元春挙はまた、京都画壇のリーダーとして後続の育成にも力を注ぎました。彼が開いた画塾「早苗会」には多くの若い画家たちが集まり、柴田晩葉(しばた・ばんよう)、川村曼舟(かわむら・まんしゅう)、梥本一洋(まつもと・いちよう)、山元桜月(やまもと・おうげつ)、庄田鶴友(しょうだ・かくゆう)といった日本画家たちがそこから巣立って行きました。上の作品「比良風景図」を描いた大津市出身の疋田春湖(ひきた・しゅんこ)は師の画風をもっとも忠実に受け継いだ弟子のひとりであり、中景から遠景にかけて盛り上がるような山塊の重量感、自然と人間の対比などに春挙の作風を彷彿とさせるものがあります。しかし画面全体を覆うほのぼのとした詩情は師の作品にはなかった要素であり、春湖の独自性を見ることができます。

現在の滋賀県栗東市に生まれた杉本哲郎(すぎもと・てつろう)も山元春挙の弟子でしたが、独自の画風を追求するあまり春挙から破門され、古代仏教美術に題材を得た独自の宗教絵画に一家をなした画家です。上の作品「欣求西方浄土(ごんぐさいほうじょうど)」も宗教的なテーマを持った作品ですが、決して難解な作品ではなく、美しい夕日と西方浄土のイメージを重ね合わせることによって老若男女誰もが共感できるような普遍的なイメージを作り上げることに成功しています。

上の作品「飛瀑水声」を描いた草津市出身の野添平米(のぞえ・へいべい)は、菊池芳文・契月に師事し、春挙とは特につながりはありませんが、やはり風景画を得意とした昭和期の日本画家です。伝統的な円山四条派に琳派、西洋画など様々な流派の画法を巧みに取り入れ、詩情とウィットに富んだ独特の世界を作り上げました。「飛瀑水声」は深山の滝をモチーフにした作品ですが、遠景から近景にリズミカルな段をなして連なる滝を軽快に描写し、見ているだけで水声が伝わってきそうな印象深い作品に仕上げています。暗い色を極力排し、軽やかな色彩で画面を統一しているのも見事です。

長浜市出身の沢宏靱(さわ・こうじん)は、戦後上村松篁(うえむら・しょうこう)らとともに創造美術協会(現在の創画会)を結成して活躍した画家で、雄大で静謐なタッチの風景画を数多く描きました。上の作品「ありそもに蝶の舞ふ」は、断崖絶壁に波が打ち寄せる荒海の上を、華麗に舞うモンシロチョウの群れを描いた作品で、両者の劇的な対比が鮮烈な印象を与えます。余談ですが、この絵を見て安西冬衛の一行詩「てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡って行った」を連想される方も多いと聞きます。ひょっとしたらイメージの源泉に似たものがあったのかも知れませんね。

今回ご紹介した作品以外にも、滋賀県ゆかりの京都画壇の画家たちの作品がまだまだ多数展示中です。「湖国滋賀と京都画壇」は12月18日(日)まで開催。ぜひご観覧下さい。


常設展示「湖国滋賀と京都画壇」 11月1日(火)−12月18日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円)、高大生 250円(200円)、小中生 無料
( )内は20名以上の団体料金。
※現代美術の展示「戦後アメリカ美術の軌跡」(9月6日(火)−12月18日(日))も併せてご覧いただけます。