企画展「近代の洋画・響き合う美」の見どころ紹介(3)


いよいよ明日、1月21日(土)から始まる新しい企画展「近代の洋画・響き合う美─兵庫県立美術館名品展─」の内容を紹介するシリーズの第3弾です。今回は同館の所蔵品から、昭和戦前期に「九室会」で活躍した前衛画家たちの作品、神戸ゆかりのユニークな画家たちの作品、そして滋賀県とも関係が深い日本画家たちの作品を順番にご紹介いたします。


(5)洋画から前衛へ
戦前の二科会では、抽象画など特に急進的な作風を持った画家たちの作品は第9室に展示されるのが常でした。この部屋に集った若い芸術家たちは、昭和13(1938)年に藤田嗣治(ふじた・つぐはる)と東郷青児(とうごう・せいじ)の二人を中心に「九室会」を結成し、さらなる前衛的な活動を追求することになります。

ゴールデンサラダオイルでおなじみ吉原製油(現:J-オイルミルズ)の御曹司であった吉原治良(よしはら・じろう)も九室会のメンバーのひとりであり、最初は前々回ご紹介しました上山二郎(かみやま・じろう)の影響を受けたシュールレアリスム風の作品を描いていましたが、やがて抽象画へと進みます。上の作品「作品(黒い鳥)」は戦後の作品ですが、一見抽象的な画面の中に、カラスのような黒い鳥の姿を幾つも見出すことができます。シュールレアリスムから抽象画への移行を示す興味深い時期の作品です。

さらに上の作品「牧歌」では完全な抽象画、それも戦後のパリを彩った「サロン・ド・メ(五月のサロン)」の画家たちの作品に似た、叙情的抽象画のスタイルを確立しています。そして晩年の吉原が到達した、画面の中に大きな「○(まる)」を描くという禅の境地を思わせる独特のスタイルの作品は、会期中、当館の常設展示室においてご覧いただくことができます。

吉原治良は画家としても、日本の抽象絵画の先駆者のひとりとして重要な存在ですが、一方で関西の若手前衛画家たちを集め、昭和29(1954)年に「具体美術協会」を結成したということでも有名です。具体美術協会は「人の真似をするな。誰もやったことのない方法で描け」をスローガンに、上の写真「作品」のように足で絵を描く白髪一雄(しらが・かずお)など、多くの画家を世に送り出しました。その活動はフランスの評論家ミシェル・タピエによって広く紹介され、戦後日本の前衛芸術を代表する運動として世界的な知名度を得るに至りました。なお具体美術協会における吉原治良の弟子たちの作品も、当館の常設展示室でご覧いただけます。

九室会で活躍した前衛画家には、吉原の他に菅井汲(すがい・くみ)や斎藤義重(さいとう・よししげ)らがいます。いずれも戦前戦後を通して活躍した重要な画家であり、今回の展覧会ではその戦後まもなくの頃の作品を、そして常設展示室ではスタイルが固まった円熟期の作品をご覧いただくことができます。

右は菅井汲(すがい・くみ)の昭和29年の作品「雷鳴」。童画のように素朴な山の上に、稲妻閃く雷雲が盛り上げた絵具でダイナミックに表現された半具象絵画です。

また上は斎藤義重(さいとう・よししげ)の同年の作品「ペインティングE」。吉原治良の「牧歌」とも共通する雰囲気を持った叙情的抽象絵画です。いずれも、その後の彼らのスタイルから見ると意外な作風ですが、日本の前衛絵画の歩みを考える上で興味深い作品であることに変わりはありません。

また本コーナーでは、阪神淡路大震災で惜しくも世を去った、関西を代表する前衛洋画家・津高和一(つたか・わいち)による、ヘンリー・ムーアの作品を思わせる愛に溢れた半具象作品「母子像」(写真上)など、面白い作品を多数ご覧いただけます。


(6)モダン都市・神戸と画家
このコーナーでは、異国情緒に溢れた国際都市・神戸にゆかりの画家たちの作品を多数ご覧いただけます。中でも中心となっているのは、レトロモダンなスタイルが特徴の版画家・川西英(かわにし・ひで)の作品です。

華やかでノスタルジックな神戸の町を題材にした川西の作品は、上の作品「曲馬」を見てもわかる通りマチス等の影響を強く受けていますが、同時に神戸という町の空気を色濃く反映した、独自の表現にもなっています。

上の作品「滞船」を見ても、神戸の町の綿密なスケッチが下敷きになっていること、そしてこの町に寄せる画家の愛情が作品に満ちていることが、おわかりいただけることでしょう。

上の作品「英三番館」は、生涯神戸の異人館街や旧居留地のエキゾチックな町並みを描き続けた小松益喜(こまつ・ますき)の作。メリケン波止場を北に少し上がったところにあった、トムソン商会の珍しい「壁看板」を題材としたものです。この壁のマチエール(質感)を出すために、画家は2年以上かけて丹念に絵の表面を仕上げました。壁の質感、光の表現、そして作品に溢れる神戸の空気、まさに名人芸とも言うべき完成された表現になっています。


(7)日本画の名品と滋賀
最後のコーナーでは洋画ではなく、兵庫県立美術館の所蔵品の中から、滋賀県にゆかりの深い日本画家たちの作品を厳選して展示いたします。

上の作品は水越松南(みずこし・しょうなん)の「竹生島」。琵琶湖に浮かぶ信仰の島を描いた南画風の作品です。水越は神戸の出身ですが、京都で大津市出身の京都画壇の巨匠・山元春挙(やまもと・しゅんきょ)や、竹内栖鳳(たけうち・せいほう)に師事したあと、南画の大家・富岡鉄斎(とみおか・てっさい)に私淑して自らのスタイルを完成させました。そのスタイルは富岡鉄斎に似ていますが、より軽やかでお洒落で、明るい生命感に満ちたものとなっています。

上の作品「南島女人」は山元春挙に師事した兵庫出身の画家、加納三楽(かのう・さんらく。後に三楽輝と号する)の作品です。なまこ塀の巨大な建物を背景に、伊豆大島とおぼしき南の島の農婦たちが一列になって荷物を運ぶさまが描かれています。農婦たちの目の描き方(横向きなのに正面向きの目を描いてある)を見てもわかる通り、エジプト絵画やピカソの影響も見られるユニークな作品です。なお漁村で働く女性たちの姿は加納のライフワークと呼ぶべき画題であり、昭和6(1931)年に描かれたこの作品はその原点と呼べるものになっています。

以上、「近代の洋画・響き合う美─兵庫県立美術館名品展」は全部で7つのコーナーからなっています。今回ご紹介した作品以外にも、本展には兵庫県立美術館を代表する名品が多数出品されています。ぜひ今度はあなた自身の目で、近代日本洋画の歴史を確かめてください。


企画展示『近代の洋画・響き合う美─兵庫県立美術館名品展─』
■会期=平成24(2012)年 1月21日(土)─3月11日(日)
■休館日=毎週月曜日
■観覧料=一般950円(750円)・高大生650円(500円)・小中生450円(350円)
      ※( )内は前売及び20名以上の団体料金
※企画展の観覧券で、常設展示「滋賀の洋画」「日本の前衛」もご覧いただけます。