「珠玉のヨーロッパ絵画展」の見どころご案内(3)


4月16日(土)から始まった春の企画展「珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー」の、見どころをご紹介するシリーズの第3弾です。今回は19世紀の近代美術の中から、人々の暮らしを描いた風俗画作品についてご紹介いたします。

風俗画はある時代、ある社会の、人々の生活や習わし、行事などを描いた絵画のことであり、それは市民社会の発展と大きな関わりがあります。風俗画が絵画の一ジャンルとして確立したのは17世紀バロック時代のオランダ絵画においてですが、これも当時のオランダが、スペインから独立を達成して市民社会として栄えたことと無関係ではありません。フランス革命に代表される市民革命によって、絵画のパトロンが王侯貴族から中産階級へと移行した19世紀に、風俗画が隆盛をきわめたのも当然と言えましょう。

右の写真はイギリスで生まれ前半期をドイツで活躍した画家フィリップ・リンドの「窓辺の子供達」という作品で、タイトル通り民家の窓辺にたむろする、4人の愛らしい子どもたちを描いたものです。子どもたちの豪奢で上品そうな身なりが、当時のドイツの上流階級の人々の暮らしぶりをよく伝えています。奇妙なことに子どもたちは楽しく遊ぶというよりも、憂いを含んだ表情で静かにポーズを取っているだけのようです。実はこの作品における子どもたちの配置は、イエス・キリスト聖母マリアを中心とした伝統的な聖母子像をふまえたものであり、幼な子をかかえたピンクのワンピースの少女はキリストを抱く聖母マリア、幼な子にブドウの房を差し出す青いワンピースの少女は洗礼者ヨハネに見立てられているのです。本を片手に椅子に座る少年は、さしずめ福音書を手にしたイエス使徒でしょうか。純真無垢で汚れ無き子どもたちの姿に神聖なものを見るという考え方は、当時の人々の倫理観・宗教観を反映したものだと思われます。

左の作品はフランスの画家フェリックス・ジョゼフ・バリアスの「お気に入りの鳴き鳥」。スペインのバスク地方のものらしい民族衣装を着た若い女性が、窓辺から身を乗り出して、籠の中のゴシキヒワという小鳥に粟(あわ)の穂を与えています。女性はちぢれた黒髪に快活そうな丸顔の、いかにもスペイン人らしい姿で描かれ、窓辺に置かれたカニサボテン、壁を這うツタの葉など、南欧らしい民族情緒溢れる小道具が画面のムードを盛り上げています。19世紀はヨーロッパ各地で民族運動が盛り上がった時代でもあり、また中産階級の人々の旅行熱が高まった時代でもありました。絵画の世界でも各地の民族衣装が取り上げられて、人々の目を楽しませました。作者のバリアスは新古典主義の明快で厳格な様式美を得意とした画家ですが、その作風はこうした民族情緒溢れる作品にもよく生かされています。

同じく民族情緒溢れる作品として、右の作品、南イタリアの画家フランチェスコ・パオロ・ディオダーティの「カプリ島の小さな中庭」をご紹介します。ディオダーティは生まれ故郷であるナポリの風景を多く描いた画家で、この作品でもナポリ湾に浮かぶ観光名所、カプリ島の風俗を題材にしています。けれども画家はさんさんと陽光が降り注ぐ風光明媚な風景ではなく、住民たちのさりげない暮らしの一シーンを愛情込めて描き、魅力溢れる作品に仕上げました。石でできたイタリアの共同住居は、しばしば中庭を囲んで数世帯が住むかたちを取ります。中庭はそこに住む人々の共同の生活の場で、洗濯や団らんや、子どもたちの遊び場になります。赤ちゃんをあやす少女たちと、それを微笑ましそうに見守る近所のおばさん。暖かな人々のつながりが、地中海の強烈な陽光の下で鮮やかに描き出されています。

このように風俗画は、さまざまな地域、様々な階級の人々の暮らしを活写したもので、それらを見る者に多くのことを教えてくれます。ぜひ本展の作品群を通して、ヨーロッパの風俗画作品の魅力をご堪能ください。


『珠玉のヨーロッパ絵画展−バロックから近代へー』
◆会 期:2011年 4月16日(土)−6月12日(日)
◆観覧料:950円(750円)、高大生 650円(500円)、小中生 450円(350円) ( )内は前売および20名以上の団体料金
◆展覧会構成:油彩画 58点
第1部 バロック絵画(17世紀を中心に):宗教画 19点、世俗画 7点
第2部 近代絵画(19世紀を中心に):肖像画 10点、風景画 8点、風俗画 14点

★毎日、午後1時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。