常設展示「滋賀の洋画」の見どころ紹介(1)

1月21日(土)から、新しい企画展示と常設展示が同時にオープンいたします。今回からシリーズで、両展示の見どころを少しずつご紹介してゆきます。
まずは《日本画・郷土美術》部門の新しい展示「滋賀の洋画」から。これは企画展示「近代の洋画・響き合う美─兵庫県立美術館名品展─」に関連した展示で、滋賀県大津市出身の関西洋画壇の重鎮・黒田重太郎(くろだ・じゅうたろう)と、東近江市出身の日本的洋画の開拓者・野口謙蔵(のぐち・けんぞう)を中心に、滋賀県ゆかりの洋画家たちの作品を一堂に展示するものです。今回はその中から、黒田重太郎の作品についてご紹介いたします。

黒田重太郎(明治20(1887)年─昭和45(1970)年)は現在の滋賀県大津市で大阪船場の豪商の家系に生まれ、16歳の時に絵の道を志し、京都の鹿子木孟郎(かのこぎ・たけしろう)、ついで浅井忠(あさい・ちゅう)に師事しました。本展示には師である鹿子木孟郎の作品「水郷」(写真上)も展示されますので、ぜひ併せてご覧下さい。

さて黒田は、家業を継ぐことを期待する家族を説得するのに時間がかかったこともあり、遅ればせながら大正5(1916)年から7年まで渡欧します。この時は第一次大戦のさなかでもあり思うように勉強できなかったようですが、大正10(1921)年に再度渡欧し、写実的キュビスムの画家アンドレ・ロートに学びます。この当時のヨーロッパの画壇は、キュビスム未来派をはじめとする新しい流派が続々と生まれつつあった激動の時代で、黒田も大きな影響を受けました。ロートはピカソが切り拓いたキュビスム(立体派)の技法を用いて描く対象を幾何学的な形態として捉えるものの、抽象的な方向には走らず、量感のしっかりした構築的な画風を確立した画家です。黒田の滞欧中に描かれた「鏡の前の女 習作」(写真上)はロートの影響が強く、また「和蘭陀陶器のある静物」(写真下)にはセザンヌなど後期印象派の影響が色濃く見受けられます。

帰国後の黒田は大正12年二科会会員となりキュビスムを日本に紹介しながら精力的に作品を発表しました。その一方で、二科会の盟友であった小出楢重(こいで・ならしげ)、鍋井克之(なべい・かつゆき)、国枝金三(くにえだ・きんぞう)ら当時気鋭の画家たちと大正13年に「信濃橋洋画研究所」(のちの中之島洋画研究所)を設立し、また昭和2(1927)年には「全関西洋画協会」を創立、後進の育成にも力を注ぎました。

またこの頃から、西洋由来の洋画をいかに日本人の感性に合った日本的洋画に昇華するかという課題に取り組み、ロートらの影響を脱した独自の造形を模索し始めます。上の写真はこの当時の作品「白衣大士(びゃくえだいし)」(昭和13年)ですが、森の中で水瓶を前に瞑想する観音さま(白衣大士は観世音菩薩の別名)という超現実的な場面を描きながら、頭上の光輪を虹の輪として表現するなど、それをいかに日本の風景の中にしっくり溶け込ませるかに腐心している様子が伝わってきます。


戦後は二科会を離れ、鍋井克之らと第二紀会(のちの二紀会)を創設。また京都市立美術専門学校(現在の京都市立芸術大学)で教鞭を執るなど、関西洋画壇の重鎮として創作・教育の両面で活躍しました。後進の育成にも力を注ぐ一方で、創作の面では戦前の課題を引き継いで「日本的な洋画」の開拓に向けて努力を続けます。同じ課題に取り組んでいた同時代の多くの画家のうち、梅原龍三郎(うめはら・りゅうざぶろう)が琳派の影響を受けた絢爛豪華な装飾的世界を、坂本繁二郎(さかもと・はんじろう)が禅の美術を思わせる内省的で幽玄な画風を、そして滋賀県出身の野口謙蔵が南画の影響を受けたダイナミックな装飾的空間を開拓したのに対し、黒田は日本画の表現技法に拠らず、あくまで洋画による「日本的な光、日本的な空気」の表現に取組みました。


ヨーロッパとは異なる気候を持つ日本の、湿気を帯びた大気の表現、柔らかい陽光、バラエティに富んだ植物の色、そして土や岩の色などをよく観察し、見事にそれらを描写しました。林の中の旅館を描いた「杜鵑亭(とけんてい)」(写真ふたつ上)や、山の中にひっそりとたたずむ石仏の群れを描いた「薮の中の説法場」(写真上)などに、その成果はよく現れています。

風景画だけでなく、人物画や静物画の分野においても、黒田は日本的な光、日本的な空気を追い求めました。上の写真「果物」を戦前の「和蘭陀陶器のある静物」と比べて下さい。例えこもをかぶったワイン瓶やグラスが置かれていても、画面から感じられる光は地中海の強烈な光でもパリのくぐもった陽光でもなく、私たちの見慣れた日本の光になっているとは言えないでしょうか。黒田重太郎の作品は梅原や坂本のような強烈な個性こそ持ってはいませんが、間違いなく日本人が確立した日本ならではの表現になっているのです。


今回の展示では今回ご紹介した作品を含む、各時期の代表作8点を展示いたします。滋賀県が生んだ関西洋画壇の重鎮の全貌を、ぜひこの機会にご覧下さい。
次回は滋賀県が生んだもうひとりの巨匠、野口謙蔵についてご紹介いたします。


常設展示「滋賀の洋画」「日本の前衛」 1月21日(土)−4月1日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円)、高大生 250円(200円)、小中生 無料
( )内は20名以上の団体料金。
※現代美術の展示「日本の前衛」(1月21日(土)−4月1日(日))も同時にご覧いただけます。
※企画展「近代の洋画・響き合う美」(1月21日(土)−3月11日(日))の観覧券で、常設展もご覧いただけます。