常設展『アメリカ★アメリカ★アメリカ』の見どころ紹介(1)

2月5日(土)から始まった常設展示のうち、現代美術部門の『アメリカ★アメリカ★アメリカ』は、戦後アメリカ美術の黄金時代と言われる1950−60年代の抽象芸術に的を絞った展示です。日本において戦後のアメリカ美術の流れをまとまって見ることのできる美術館は、当館のほかにはほとんどありません。全国に誇ることのできるこの展示の魅力を少しでも皆さまにお伝えするために、今回から数回に分けて本展示の見どころを、それを語る上で欠かすことができない用語とともにを紹介してゆきたいと思います。まずはアメリカ現代美術の原点である、1950年代の抽象表現主義をご紹介いたしましょう。

【用語辞典その1:オールオーバー】
服のオーバーオールではありません。オールオーバーとは「すっかり全面を覆う」という意味の英語です。これが美術用語になると、画面に上下や左右の区別が無くなって、どこもかしこも同じ調子で描かれた絵画のことを指す言葉になります。このオールオーバーこそ、戦後美術の中心地をヨーロッパから奪ってしまったアメリカ現代美術の、最大の武器となった描き方なのです。

上はクリフォード・スティルの「PH−386」という作品ですが、仮にこの作品の上下がひっくり返っていたり、左右が反転していたとしても、注意深い人でなければわからないのではないでしょうか? 下の写真は、試しにこれを180度回転させてみた図版ですが、この1点だけを見せられて「どうもこの作品は上下が逆になっているらしい」と気付く人は少ないと思われます。元の作品を知っている、知っていないの問題ではなく、上下が逆になっても違和感が無い、というのがポイントです。

また仮にこの作品の一部(3分の1か、4分の1くらい)を切り取って「これがスティルの別の作品ですよ」と言われたとしても、それが別の作品の一部であったことを見抜ける人は、そう多くはないでしょう。下の図版はもとの作品の一部分の拡大図ですが、作品として中途半端な感じはまったくありません。これはこの作品が、どの部分もほぼ同じような調子で、同じようなパターンの作り方で描かれているからなのです。

逆に言えば、この作品が別のもっと大きな作品の一部であったとしても、別におかしくはありませんね。つまりこの作品を前にして立った時、鑑賞者は額縁の限界を越えて前後左右に果てしなく拡がっている、巨大な壁面を前にしているような錯覚に襲われるのです。これが「オールオーバー」という描き方の効果なのです。
この作品の前に立った者は、自分が(この作品よりも)もっと巨大なものによって圧倒されるかのような感覚を味わいます。この、人間を圧倒するかのようなスケール感こそが、戦後アメリカ現代美術が持つ最大の特徴なのです。アメリカ現代美術の持つこのようなスケール感は、グランドキャニオンやモニュメント・バレーに代表される、アメリカの巨大で人間を拒絶するかのような自然環境と関係があるのでは?とよく言われます。開拓時代、厳しい大自然に立ち向かってゆかねばならなかったアメリカ人の精神が、現代美術の中にまで反映しているのかも知れませんね。

この「オールオーバー」という描き方の創始者は、アメリカ現代美術の父と呼ばれるジャクソン・ポロックです。残念ながら当館にはポロックの油彩作品は収蔵されていませんが、彼が残した版画作品(上の写真)を見るとなんとなくその片鱗がわかるような気がします。

次回以降も、アメリカ現代美術を特徴付ける用語について順にご紹介してゆきます。


■常設展示「アメリカ★アメリカ★アメリカ」 2月5日(土)−4月3日(日)
観覧料(共通):一般 450円(360円))、高大生 250円(200円)、小中生 無料
 ( )内は前売および20名以上の団体料金。
※常設展示「新収蔵品を中心に」(2月5日(土)−4月3日(日))と併せてご覧いただけます。
※企画展の観覧券で常設展も観覧できます。
※毎日、午後2時から美術館サポーターによるギャラリートークを行います。